傭兵、援軍頼みは危険
〈自前の軍隊を持たない限り、いかなる君主国も安泰ではない。むしろ逆境にあって自信を持って国を守っていく能力に欠けるため、なにごとにつけ運命まかせ(他人まかせ)になる〉
マキアヴェッリは『君主論』の中で、傭兵、援軍頼みの兵力運用を強く戒めている。これは共和制の都市国家フィレンツェの書記として軍事運営を任された彼の経験から導き出された魂の叫びでもあった。
当時のイタリアの都市国家の多くは自前の軍を持たず、近隣地域から金で集めた傭兵か、同盟国からの援軍に頼っていた。内陸国のフィレンツェは、国の命運を握る交易活動のためには、海に面した港湾都市のピサを支配下に置くことが死活を握っていた。そのピサがフィレンツェから離脱をはかる。マキアヴェッリは一計を案じる。ナポリ攻略を目指していたフランス王との共闘だった。フィレンツェが資金を出してフランス王にスイス傭兵を提供し、この傭兵とフランス兵の援軍をピサ攻撃に借り受けることにした。
しかし、傭兵も援軍も頼りにならなかった。圧倒的な兵力で城壁の攻撃に取りかかったが、明確な攻撃目的は共有されず、外来の兵たちは略奪に明け暮れたのだった。この失敗に懲りたマキアヴェッリは、市民軍の創設に動き、ようやくのこと14年がかりでピサを攻略した。その苦い経験が、彼の言葉に凝縮されている。
〈金で雇われる傭兵は忠誠心と団結を欠いて、有能であればあったで雇い主に反旗をひるがえす〉〈援軍は団結し忠誠心はあるが、その忠誠心は本来の自分たちの君主に対してのものでしかない〉。ともに危険だという。
ロシア軍の苦戦の原因
軍隊の強弱の問題は、今起きているロシアのウクライナ侵攻でも浮き彫りとなっている。報道を見る限りロシア軍は混成軍のようだ。主力の正規軍のほか、民間軍事会社「ワグネル」が金で集めた傭兵部隊、チェチェン共和国の首長が送り込んだ“援軍”で戦っている。東部戦線でかろうじて善戦しているのは、この傭兵部隊と援軍であるが、夏以降、ウクライナ軍に押し込まれている。
ワグネルの強さは金の力によるものであり、チェチェン軍の強さは首長カディロフへの忠誠心によるものでしかない。正規軍が各戦線で負け続けると、ワグネルとカディロフの発言力が増し、ロシア大統領プーチンの戦争指揮への不満が募る。軍内の指揮系統は乱れ、団結は損なわれる。プーチンは、こうした勢力との政治闘争に明け暮れる。自らの軍主導権を強化するため予備役の部分動員に乗り出したが、これには国民の反発が強まる。プーチンは身動きが取れない。これがロシア軍の現状である。
ウクライナが、侵攻を受けて8か月を過ぎても健闘を続けているのは、西側諸国からの軍事支援によるだけではない。理不尽な領土侵略に対する「祖国防衛」への士気の高さが維持されているからだ。ロシアに比べて圧倒的に装備が劣っていても、戦いの目的を、自前の軍で強く共有している。これほど強いものはない。
自前で戦う組織の強さ
マキアヴェッリは、15、16世紀のイタリアを舞台に国家、軍のあり方について論じているのだが、その原理は、軍だけでなくあらゆる組織運営の原則として当てはまる。だからこそ古典として今も読まれ、時代を超えて現代にも生きているのではないか。
マキアヴェッリの説く国家の強さの淵源は、「君主」と「武力」「資金」の強さである。現代の組織に置き換えれば、「リーダー」と「人材・設備」、そして「資金」だろう。
例えば、資金力についていうならば、事業展開において自己資金力が強さの裏付けとなる。もちろん銀行からの融資も必要ではあるが、援軍としての融資に頼って事業を膨らませすぎると、いつしか経営の主導権を銀行に奪われてしまう。援軍としての銀行の融資担当は、あくまで頭取に対する忠誠心しかない。景気が悪くなれば、それまで笑顔で貸し込んでいた融資を渋り、やがて引き揚げることにもなる。そんな例は身近にいくらでもある。
人気の町中華店が、融資担当のおだてに乗って、店舗を増やす。いつの間にか、銀行が経営方針に口を出しはじめ、新規に開いた店の不動産を担保に貸し込み、送り込んだ人材が経営の主導権を奪うこともある。
今年のプロ野球日本シリーズは、手に汗握る熱線が続いている。自前の選手を育て戦うヤクルトとオリックスだからこそファンは燃える。選手も燃える。
金にあかせて他球団の主軸打者、投手を寄せ集めた援軍・傭兵軍団を擁するどこかのチームが低迷している現状を見るにつけ、うーむと考えさせられているポストシーズンである。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『君主論』ニッコロ・マキアヴェッリ著 佐々木毅全訳注 講談社学術文庫
『マキアヴェッリ語録』塩野七生著 新潮文庫