賃金の問題を正しく捉えるためには、労働時間管理に対する正しい認識が必要となります。その基礎となるのが所定内労働時間です。
所定内労働時間とは、従業員が実際に働くこととなっている時間のことで、就業規則内に規定されている始業時刻から終業時刻までの時間(休憩時間を除く)を指します。この所定労働時間は、法定労働時間の限度内で設定しなければなりません。労働基準法では、原則として1日8時間、1週間に40時間を超えて働かせてはならないことになっています。これが、法定労働時間の基本原則となっています。
1年を365日としますと、1年間は52.1428…週ありますから、これに40時間をかけると、1年間に2085.7時間までは所定労働時間として設定できることがわかります。1カ月当たり173.8時間、これが従業員に設定できる所定労働時間の実質的な上限です。
基本原則は、1日8時間、1週40時間なのですが、一定の条件の下で、これを超えて働かせることのできる例外規定が労働基準法の中に定められています。
【例外1】時間外労働協定(36協定)
いわゆる残業や休日勤務に関するものです。従業員の過半数代表か労働組合との間で36(サブロク)協定を結び、割増賃金を支給することで、1日8時間、1週40時間の上限を超えて働かせることができます。
【例外2】変形労働時間制
1週間単位、1カ月単位、1年単位の変形労働時間制を採用することにより、対象期間中の労働時間が1週あたり平均40時間を超えない範囲において、特定の日や特定の週において上限時間を超えて働かせることができるようになります。
【例外3】スレックスタイム制
フレックスタイム制により就業規則等により制度を導入することを定めた上で、労使協定により、一定期間(1ヶ月以内)を平均し1週間当たりの労働時間が法定の労働時間を超えない範囲内において、その期間における総労働時間を定めた場合に、その範囲内で始業・終業時刻・労働者がそれぞれ自主的に決定することができる制度です。
【例外4】みなし労働時間制
事業場外労働や裁量労働制に対するみなし労働時間制もこの例外措置の1つです。
〔事業場外みなし労働時間制〕:事業場外で労働する場合で労働時間の算定が困難な場合には、原則として所定労働時間を労働したものとみなすことができる制度。
〔専門業務型裁量労働制〕:デザイナーやシステムエンジニア等、業務遂行の手段や時間配分などに関して使用者が具体的な指示をしない19の業務について、実際の労働時間数とはかかわりなく、労使協定で定めた労働時間数を働いたものとみなすことのできる制度。
〔企画業務型裁量労働制〕:事業運営の企画、立案、調査及び分析の業務であって、業務遂行の手段や時間配分などに関して使用者が具体的な指示をしない業務について、実際の労働時間数とはかかわりなく、労使委員会で定めた労働時間数を働いたものとみなすことのできる制度。
このような例外措置をうまく組み合わせながら、すべての企業は自社事業の特性や業態に見合った就労管理体制を採用しています。そして、所定労働時間が正しく定まっているからこそ、更なる生産性向上を図ることもできますし、公正な処遇の実現にも繋がるのです。
ちなみに、法定労働時間を超えて残業をさせた場合の割増賃金の割増率は、時間外勤務の場合25%以上、1ヵ月60時間を超える時間外勤務をさせた場合、60時間を超える分については50%以上です。これまで猶予されていた中小企業も2023年4月よりこの50%ルールが適用されることとなります。
最低賃金や採用初任給、残業時の割増率などが上昇する中にあって、労働生産性の向上は全ての業種にとって喫緊の課題です。言い換えれば、いかにして所定内労働時間を中味の詰まった、ムリムダムラのない、質的に高いものへと変容させていくかが問われています。
賃金決定における価値判断の基準は、これまで以上に労働時間という「量」から、所定内労働の「質」の高さを希求する方向へとシフトチェンジする必要があるといえましょう。