このところ「人的資本経営」というキーワードが取り上げられることが増えてきています。
政府が推進する「新しい資本主義」の中でも重点投資の4つの柱の最初に掲げられているのが、人への投資と分配です。これまでもヒト・モノ・カネの3大経営資源うち、ヒト(=従業員)に関してはそのモチベーション次第で生産性のみならず、商品・サービスの質にも大きく影響を与えるものと考えられてきました。これを更に一歩進めて、価値を高めていくことができる「資本」として従業員を捉えたうえで、「その人的資本の価値をいかに高めていくか」、「経営戦略と相まってどのような人事戦略を展開していくのか」を企業に問うのが人的資本経営の根底にある考え方です。
これは、人的資本経営への展望と具体的な計画を明示していかなければ、マーケットにおける投資対象として選ばれない時代になったということを示しています。「人的資本経営の考え方」は、近々わが国でもコーポレートガバナンスコードに反映され、有価証券報告書への記載が義務付けられるものと思われます。
対象となるのは上場企業ですが、非上場の中小企業も他人事ではいられなくなります。というのも、「人的資本経営」への展開は、上場企業や大手企業において、優秀社員が自身の成長を実感できるような人事体制の構築や、人材育成に対する積極的な姿勢の外部へ向けた発信を促し、新規学卒者や転職希望者もまた自身の成長が期待できる企業への指向を強めると考えられるからです。すなわち、優秀な人材を継続的に獲得しようという企業は、企業規模の大小にかかわらず、経営理念とともに人事戦略をオープンにしていくことが求められる時代になったということです。
マイナビ転職が実施した新入社員意向調査では、新入社員のうち10年以内に退職する予定であるとの回答が51%に達しました。また、リクルート社の実施した新入社員意識調査では、「定年まで勤めたい」11%、「どちらかといえば定年まで勤めたい」21%、両者を合わせても3割に過ぎません。こうした調査結果からは、「1つの会社にはこだわらず、成果への貢献を実感しつつ、自らの成長を図りたい」と考えている若者像が浮かび上がってきます。
新卒か中途かに限らず、正社員獲得競争はこれからも続いていきます。そのような状況下では、労働力の多様化といわれるように、労働時間や就労場所が限定された限定正社員やパート・アルバイト、契約社員・嘱託社員、外国人労働者、女性の活躍推進など、我が社にとってのベストミックスを考え、より効率よく生産性を上げられるよう取り組まなければなりません。
もっとも人材獲得のための環境も刻々と変化しています。
例えば、外国人技能実習生。農業法人や建設業、食品製造業などの中には技能実習生の労働力を頼りにして、その受け入れを続けてきた中小企業も数多くありますが、人手不足は日本だけにとどまりません。深刻な人手不足に悩むオーストラリアの最低賃金は21.38$(円換算にして約2,000円)、これは日本の最低賃金961円のおよそ2倍に達します。これまでは日本の働きやすさや賃金水準の高さ、日本製品の品質の高さなどへのあこがれもあって、東南アジアからの多数の技能実習生からその実習先として日本が選ばれてきましたが、ここまで賃金格差が広がってくると、今後はその受け入れ数も減少することが予想されています。
今後10年先、20年先を見据えて、我が社の発展に必要な人材をどう獲得し、どのように育てていくのか。先の見えにくいVUCA(ブーカ)の時代。中小企業であっても、いや中小企業だからこそ、具体的な人事戦略を描き、将来への成長ストーリーをわかりやすく伝えていくことで、将来を担う人材の定着を図っていただきたいと思います。