総額人件費管理と定期昇給の基本的な捉え方
定期昇給とは、長期間にわたって社員のモチベーションを維持向上させる効果を持つ仕組みです。しかし、人間の能力はある一定の年齢までは順調に伸びるものの、次第に鈍化し、いずれピークを迎え、時に下降することもあり得ることです。
前回めでにご紹介した責任等級制本給月額表上で行う、実力昇給の基本ルールは次のようなものでしたが、能力の変化に合わせて、昇給ルールも機動的に対応する必要が出てきます。
また、生活給としての最低保証の上昇分と翌年への励み意味を持たせて、昇給評語Dでも2号昇給を実施しますが、このままでは過度の年功昇給となりかねないため、ある所定の年齢に達したら段階的に減額する仕組みが必要となります。
これを解決するための仕組みとして調整年齢制度があります。
発揮能力における年齢的な限界は、仕事の質が高いほど能力のピークも遅くなるため、調整年齢のための昇給ゾーンは、等級別に設定することになります。
昇給調整のためのゾーンは3段階に分けて徐々に調整していくのが基本です。前掲の基本昇給を昇給ゾーン1とすれば、
昇給ゾーン2(第一次調整年齢)は1号減
昇給ゾーン3(第二次調整年齢)は2号減
昇給ゾーン4(第三次調整年齢)は3号減
となるように設定します。
昇給ゾーンを用いた昇給抑制の考え方は、単に「年齢の上昇とともに昇給の幅を抑制する」ということではありません。Ⅲ等級以下の社員については、加齢に伴う一般的な生活水準を確保し、さらに昇格して間もない時期の、習熟スピードが速い段階にはそれに見合った大きさの昇給額とするのです。
つまり、昇給ゾーン1では、習熟の伸びの大きさを考慮して昇給額を幾分高くなるように設定しているのです。それを、習熟の伸びが緩やかになるにしたがって、基本給の上昇も緩やかにしていくのです。
このような仕組みを用意することで、等差号俸制のいたってシンプルな本給月額表も、等級別に個々の社員の実力差を反映した、合理的な昇給運用ができるようになるのです。
一般的な調整年齢制度の等級別の年齢ゾーンの区分と昇給号数の関係を図表で示すと以下のようになります。
定期昇給に関連して、経営者の皆さんが最も心配されるのは、果たして年間の総額人件費がどのくらい上昇するのかということかもしれません。
総額人件費の上昇要因としては、最低賃金引き上げ、採用初任給の上昇、ベースアップ、非正規社員の待遇改善などがあります。定期昇給自体は主な要因ではなく、従業員規模が変わらずに、定期昇給や新たな採用者による人件費増加分と、退職による人件費減少分がバランスしていれば、人件費が極端に増加することはないはずです。
ただし、今春の賃上げのように最低賃金や採用初任給の高騰、物価上昇に対処するために多くの企業が実施した大幅なベースアップは、確実に総額人件費を押し上げます。さらに、中高年社員が少なく平均年齢が低い若手社員中心の企業では、平均賃金が低めであることもあって、賃上げ率はより高めになりやすい傾向があります。
成長企業がそうであるように、たとえ総額人件費が増加しても、それ以上の生産性の向上が維持されていれば問題ありません。生産年齢人口の減少は今後も続くため、少ない人員で従来以上の利益をあげるためには、生産性向上が常に意識されるべきでしょう。生産性向上という事業戦略の中核をなす課題と人事戦略はまさに表裏一体です。
昇給による賃金上昇を抑えたいがために、等級別の賃金レンジを狭く設定している会社もありますが、比較的若い年齢のうちに昇給がストップしてしまうと、仕事に対するモチベーションの低下につながります。人事労務の担当者は、人件費コントロールばかりを意識するのでなく、人材確保と中長期インセンティブの視点も忘れないようにすることが大切です。