■湧出量は全国トップレベル
東伊豆の伊東市にそびえ立つ大室山。標高は580メートルと高くはないが、まわりに大きな山がないうえに、プリンのような独特の形をしているので、麓から見ると存在感は抜群である。
昔から不老長寿や安産、海上安全、家内安全、学問、縁結びなどにご利益のある「神の山」として、近くの住民に慕われてきた。
頂上まではリフトで登る。待ち構えているのは、360°の大パノラマ。海を見渡せば、伊豆大島や利島の姿をはっきりととらえられ、内陸を見渡せば、天城の山々が連なる。天候がよければ、富士山や南アルプスも拝めるそうだ。
山の頂上はすり鉢状に窪んでいる。深さ70m、周囲1000mの大きな噴火口で、実は、大室山はれっきとした火山なのだ。伊豆半島の豊富な温泉の源は、火山を生み出す大地にあると実感できる。
大室山から車で30分ほどの距離にあるのが、伊豆を代表する温泉地のひとつ、伊東温泉だ。開湯は平安時代までさかのぼる古湯で、江戸時代には徳川家光が江戸まで伊東の温泉を運ばせたという。
その温泉パワーは今も健在である。温泉湧出口が750カ所超、湧出量は毎分3万リットル超と、温泉王国・静岡県の中で一番の湧出量を誇る。もちろん、全国でもトップクラスだ。
■昔ながらの共同浴場も健在
伊東温泉といえば、飲食店や土産物屋が立ち並び、「歓楽温泉」のイメージが強いが、実は、それは表の顔にすぎない。実は、伊東温泉は「共同浴場天国」という裏の顔をもっており、温泉街には共同浴場が10カ所ほど点在する。観光客にも開放されているが、ほとんどの利用客は地元の常連である。
歴史ある温泉街には、共同浴場がつきものだ。共同浴場は、温泉街のパワーを計るバロメーター。共同浴場を大事にしている温泉地は、温泉に感謝する気持ちが強い。だから、本物の温泉にこだわり、源泉かけ流しをつらぬく宿も多い。
歓楽温泉として栄えた温泉街のなかには、共同浴場が全滅し、温泉そのものの魅力を失ってしまったところもある。全国の温泉地と同様に、伊東温泉も観光客の減少に苦しんでいるが、共同浴場を大事にする伊東温泉は、復活の可能性を秘めている。
さて、そんな伊東温泉のシンボルともいえるのが、「東海館」である。昭和3年の建築様式をそのまま残す木造3階建ての元旅館で、屋根の上に突き出した望楼(展望台のようなもの)が特徴的な建物だ。昔はまわりに低層の建物しかなかったために、天城峠や伊東の町並みが遠くまで望めたという。現在は市の文化財に指定されている。
当時の職人が腕を振るった意匠(デザイン)は必見。檜や杉などの高級な木材や、変木と呼ばれる形の変わった木々をふんだんに用いた和風建築が随所に見られる。風格漂う唐破風の玄関も趣がある。
■ツルツルになる湯がかけ流し
現在、東海館は旅館としては営業しておらず、歴史資料などを展示する観光施設となっているが、別料金を支払えば、温泉に入浴できるのがうれしい。
地下に大浴場と小浴場があり、時間帯ごとに男女が入れ替わる。大浴場は、清潔感のあるタイル張りで、円形の湯船は10人ほどが浸かれるサイズ。地元出身の彫師がつくった唐獅子の口から、透明な湯がかけ流されている。
26.3℃の源泉は加温のみで、循環ろ過、加水、塩素殺菌などはされていない。透明度の高いピュアな湯に浸かると、湯が浴槽からザバーとあふれ出す。この瞬間がたまらない。
伊東温泉といえば、塩味のきいた塩化物泉のイメージが強いが、東海館の泉質はアルカリ性単純温泉。さっぱりしていて、肌にツルツル感があるのが特徴だ。湯の個性が強すぎないので、30分以上浸かっていても、まったく疲れない。
ちなみに、小浴場のほうは、3人ほどでいっぱいになる扇形の湯船。湯口は獅子ではなく、蛸(たこ)だという。ただ、オススメはやはり広々とした大浴場のほうである。時間を見計らって訪問したい。