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第11回 鹿塩温泉(長野県)凍える体を芯まで温める「塩化物泉」

高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』

■保温効果の高い「熱の湯」
 凍えるような寒い日に入る温泉は、それだけでもありがたいが、寒い日におすすめの泉質が存在する。「塩化物泉」に分類される温泉だ(以前は食塩泉と呼ばれていた)。

 泉質は大きく分けると10種類に分けられるが、塩化物泉は海水の成分に似た食塩を含み、舐めると塩辛いのが特徴だ。海に囲まれた日本では沿岸部を中心に塩化物泉が多く湧き出している。

 塩化物泉は「熱の湯」と称されるように、体の芯まで温まり、湯冷めしにくい。皮膚に塩分が付着し、汗の蒸発を防ぐため、保温効果が高いからだ。したがって、寒さが厳しい冬こそ、体の芯まで温まる塩化物泉がおすすめである。

 塩化物泉の名湯は枚挙にいとまがないが、今回は一風変わった塩化物泉が湧く温泉地を紹介したい。長野県大鹿村に湧く鹿塩(かしお)温泉である。

■山の中なのに海水のような温泉が湧く
 大鹿村は、濃厚な緑がまぶしい山々と村を南北に貫く川が美しい、自然あふれる山村。鹿塩温泉は、南アルプスと伊那山地に挟まれた山深い土地に湧く湯で、日本最大級の断層である中央構造線上に位置している。見渡すかぎり、山ばかりの土地である。

 にもかかわらず、海水と同じ濃度の塩分を含んだ温泉が湧き出している。この地を訪れた人の多くが「なぜ、こんな山奥に海水のような温泉が?」と不思議に感じるが、専門家による調査でも、いまだにその原因は解明されていないという。

 海の近くに塩辛い温泉が湧くのはめずらしいことではないが、海のない長野県の標高750メートルの山中に、海水のような温泉が湧き出しているのは神秘的でさえある。

 鹿塩温泉は小さな温泉地で、「山塩館」と「塩湯荘」の2軒の温泉宿がある。なかでも「日本秘湯を守る会」の会員宿でもある山塩館は、塩分を含んだ塩化物泉(正確には塩化物強塩冷鉱泉)と地元の食材を使った料理が自慢だ。

 1枚ガラスをはめこんだ内湯からは生命力あふれる山の緑を望むことができ、まるで露天風呂のような明るい雰囲気だ。秋は紅葉、冬は雪景色が美しいに違いない。

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 湯に浸かると同時に、湯を口にふくんでみると塩辛い。本当に海水のようだ。山々を眺めながら、海水のような湯に身を沈めるというのは不思議な気分だ。

 10分ほど浸かっていると、汗がだらだらと噴きだしてくる。温泉成分が濃い証拠だ。こんなときにうれしいのが、湯船の一角にある源泉浴槽。

 源泉は12~13℃しかない冷泉なので、大きな浴槽では加温・循環濾過したうえで注がれているが、源泉浴槽では加温も循環もしていない源泉そのものがかけ流しにされている。

■温泉からつくる塩が最高の調味料
 茶色の湯の花も浮かぶ濃厚な源泉は、最初こそ冷たく感じられるものの、加温された浴槽で体を温めておけばそれほど抵抗はなく、思い切って体を深く沈めてしまえば、極楽のような心地よさ。

 このように熱い湯とぬるい湯(冷たい湯)に交互に浸かることを「温冷交互浴」と呼ぶ。血管を広げ、疲労物質である乳酸などを体外に排出し、疲労を回復させる効果があるという。体も内側からぽかぽかと温まる感覚もある。

 夕食は、地元の食材を使った料理の数々に舌鼓を打つ。村の特産である鹿肉のカルパッチョをはじめ、鯉のあらい、ズッキーニのてんぷらなど個性的なメニューが並ぶ。

 料理の隠れた主役は、鹿塩温泉の源泉を煮詰めてつくった「山塩」。塩がつくれるほどに、温泉成分が濃いというわけだ。岩魚の塩焼きや豆腐、てんぷらに使用されていた山塩は、ニガリの成分が少なく、まろやかな味わいだ。

 ふだん泉質にまでこだわって温泉を選ぶ人は少数派かもしれない。だが、体が冷えやすい冬こそ塩化物泉を狙って温泉地を選べば、温泉効果を最大限に享受できるだろう。

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