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マネジメント

危機への対処術(20) 強い行政権確立に向けて(ド・ゴール)

指導者たる者かくあるべし

不満を抱えての下野

 ナチスドイツからのパリ解放の立役者となったド・ゴールは、推されてフランス共和国臨時政府首席の地位に就いたが、ようやく自主性を取り戻したフランスの政治体制に不満を抱いていた。


 ド・ゴールの胸中にあったのは「フランスの栄光」を取り戻すことであり、そのために必要なのは国民の統合だった。しかし、戦後の政府は国民議会第一党である共産党と社会党、そしてド・ゴールが率いる保守政党の人民共和運動(MRP)の連立で、復興方針は右に左に揺れた。しかも三権分立の元祖フランスにありながら、行政権は立法権(国民議会)からの独立が脆弱で、議会に振り回されて一貫した政策遂行に支障があった。ド・ゴールは行政府の長として強い指導力を欲したが実現せず、1946年1月には、議会と対立して下野する。 


 フランス復興のためには大胆な構造改革が必要だった。課題の一つは経済復興だ。戦前の1938年を100とした工業生産指数は1945年には50と半減し、戦勝国とは名ばかりだった。


 もう一つの課題は、海外に抱える広大な植民地の整理だった。大国がそれぞれに疲弊した戦後、各地で独立運動が活発化してくる。それを経済圏としていかに維持し、市場あるいは資源供給地としてどう再編するかが、植民地宗主国として繁栄してきたフランス、イギリスに突きつけられていた。


 三権分立は民主主義の基本である。立法府(議会)が行政府の機能を圧倒してしまうと、政治は動かない。逆に行政府の長に権限が集中しすぎると、その過ち、暴走が止められなくなり、独裁政治につながる。さじ加減が難しい。


 しかし、ド・ゴールは、「復興」と言う課題の前には、対立する政党の間での葛藤は無駄な時間を浪費するばかりに見えた。危機においては行政のトップに「巨大な権限が与えられるべきだ」と彼は考えた。政党政治の混乱がナチの侵攻を招いた戦前の過ちは繰り返すまいと。

 

アルジェリア戦争が復活の転機

 ド・ゴールは、いったん政界から身をひく。彼が自ら誇張した形で体現した「対独レジスタンスの英雄」の時代は終わったかに見えた。しかし時代は再び彼を政治指導者として呼び戻す。


 きっかけは北アフリカのアルジェリアを舞台に起きた植民地解放運動の激化だった。長年フランスの植民地として農産物の供給基地でもあったアルジェリアでは戦後、独立運動がくすぶっていたが、1956年にアフリカ最大の油田が砂漠地帯で発見されたことで、事態は急変する。国益を手放すなという多くのフランス人植民者と、独立を目指して武装闘争を展開する現地の国民解放戦線との対立が激化する。フランス本土の国民の世論は、独立容認派と反対派で二分された。思想家のジャン・ポール・サルトルら知識人は、アルジェリア独立を叫んで連日パリ市街をデモした。世論を二分する対立の中で、独立容認派の首相が誕生するとの噂が流れると、アルジェリア現地に駐屯するフランス軍は、反本国政府の動きを強め、クーデターに動く。大混乱は不可避に見える。


 事態収拾のために白羽の矢が立ったのがド・ゴールだった。国を二分する危機に対処するには、国民の統合が不可欠だ。またもや、パリ解放の英雄、国民統合の象徴のイメージが求められた。ド・ゴールは、内閣への全権委任と新憲法制定を条件に首相再登板を引き受けた。1958年6月1日のこと。フランス共和国臨時政府主席を辞任してから12年が経っていた。


 危機に対処できるのは「危機の英雄」のレジェンドである。そういう伝説の英雄を消し去らず確保していたことがフランスを救うことになる。

 

 国民が求めた強い大統領

 ド・ゴールにとってアルジェリアは、大戦中に亡命政府の拠点としたゆかりの地でもある。アルジェリア人の気性と思考を知り、活動家たちにも顔見知りがいる。首相就任直後には、まず軍部のクーデター派を粛清する一方で独立運動を弾圧し、交渉の機運を高める。そして、独立を承認した場合のメリットとデメリットを天秤にかけて決断する。


 「独立を承認する」。独立運動弾圧に強く抗議する英国、米国の圧力も考慮に入れた。決断すれば行動は早い。内閣(行政)への全権移譲を議会に取り付けていた効果だ。この危機管理法を彼は戦後一貫して主張していたのだった。


 1962年3月、フランス政府はアルジェリアの独立承認の方針を固めて国民投票にかけた。「独立」はフランス国民90%以上の圧倒的支持を得た。国民世論を二分する危機から4年後の姿だった。


 この間、ド・ゴールは憲法改正を国民にはかり、大統領に強い行政権限を集中した。そして大統領に自らが就任している。国民投票での支持は8割近くを占めた。国民は、「強い大統領に率いられた強い政府」を待ち望んでいたのだ。


 ド・ゴールは、ずっと抱き続けてきた「強い行政府」を手にいれ、フランスの内政、外交の改革に取り組んでいく。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『ドゴール大戦回顧録』シャルル・ド・ゴール著 村上光彦、山崎庸一郎共訳 みすず書房
『ド・ゴール 孤高の哲人宰相』大森実著 講談社
『戦時リーダーシップ論』アンドルー・ロバート著 三浦元博訳 白水社
『フランス現代史』小田中直樹著 岩波新書

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