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危機への対処術(25) 壊滅した首都圏経済を支える(大阪商業会議所)

指導者たる者かくあるべし

 立ち上がる大阪経済人

 東京大空襲並みの大被害をもたらした関東大震災(1923年9月1日)からの復興を支えたのは商都・大阪の財界人たちだった。
 震災により東京、横浜が壊滅状態であるとの知らせを受けた大阪商業会議所(現・大阪商工会議所)は、二日後に震災に関する委員会を設けて対策に乗り出した。まずは、会頭・稲畑勝太郎(いなばた・かつたろう)を中心に、東京の渋沢栄一から要請のあった義援金募集に乗り出したが、被害規模が明らかになってきた9月10日には、経済対応を政府、日銀に陳情する。その内容は、今後、貿易、商工業は、関西の財界が担うことになるため、被災地への復興資金だけではなく、関西に資金を供給することだった。江戸時代に天下の台所として日本経済を支えてきた大阪は、明治維新後で遷都された東京への過度の集中で、相対的な地位は落ち込んでいたが、1923年の段階でも、経済規模は東京を上回っていた。稲畑らの頭にあったのは、「この危機を大阪が支える」との強い決意だった。

 日本経済防衛、復興の視点

 とりあえずの救護品として医薬品の確保が重要だったが、東京で日本橋に集中していた薬品卸問屋は被災して機能しない。江戸期以来の製薬企業、薬品流通機能が集中している大阪道修町(どしょうまち)が徹夜作業で関東に薬品を送る。
 また、企業の資金調達を担う株式市場も東京兜町では立合が休止している。大阪株式取引所は、混乱防止のためには市場を休止するより、市場を開いて公正な相場を示す必要があるとして8日から立合を再開し、市場の混乱を防ぐ。
 さらに大阪商議所は、大阪だけでなく、北陸、関西、四国、中国、九州の各地区の商議所に呼びかけて広範な協議体を発足させる。そこでは興味深い決議も出されている。それは、明治以来の東京中心の国土計画、経済構造のいびつさへのアンチテーゼだ。決議の一つは、「北海道・東北地方と関西地方との汽船連絡」に関するものであり、それに関連して、「東北地方と関西地方との鉄道運輸・連絡」に関する建議も出されている。
 首都の物流機能が停止して初めて、東日本の輸送路が全て東京経由になっているという「弊害」に気づいたのだ。首都が麻痺すると、被害のない東北、北海道も関西とアクセスできず流通が途絶える。西日本では、伝統的に瀬戸内海、日本海を利用した内航海運網が機能しているが、東日本では海運より鉄道で東京と結ぶ発想しか育たなかった。当時、民間敷設の東北本線と、官設の奥羽線が東京と繋がっていたが、日本海側を縦貫する鉄道はなく、東京を経由せず関西とはアクセスできない。内航開運網もなかった。「東京中心」の国土計画のツケが回ってきた。
 政府が、目先の救援、東京の復興にだけ頭を奪われている間、大阪商業会議所は、日本経済全体の問題点と将来を見通している。

 東京一点集中の危険

 一時的にせよ首都機能が失われた関東大震災という未曾有の災害を経験した政府が教訓として受け止めなければならなかったのは、「東京一極集中」がはらむ危険だ。100年前の被災地東京が短期間でよみがえることができたのは、経済の中心が東西の二極に別れて、大阪の経済基盤が生き残っていたことによる。
 さらに、第一次大戦後の大阪は都市機能の近代化を進めており、大量の被災民の流入を受け入れることができた。大阪市の人口は、震災前(1920年)の125万人から、1925年には211万人となり、東京市の207万を追い抜いている。この点でも大阪は危機を支えたのだ。
 しかし当時の山本権兵衛内閣は、何を恐れたのか、震災直後に「首都移転はしない」と宣言し、首都機能の分化論議を一顧だにしなかった。
 政府は、「関東から九州の広い範囲で強い揺れと高い津波が発生するとされる南海トラフ地震と、首都中枢機能への影響が懸念される首都直下地震は、今後30年以内に発生する確率が70%と高い数字で予想されています」(内閣府ホームページ)と、他人事のように警告しているだけである。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『民間企業からの震災復興』木村昌人著 ちくま新書
『日本の近代5 政党から軍部へ』北岡伸一著 中公文庫

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