■5つの源泉、4つの浴場
前回紹介した大沢温泉と同じ「花巻南温泉郷」には、もうひとつお気に入りの名湯がある。開湯から600年ほどの歴史を誇る一軒宿、鉛温泉「藤三旅館」だ。
初代の館主が木こりをしているときに、一匹の白猿が木の根元から湧き出す泉で手足の傷を癒しているのを見て、そこに温泉が湧出しているのを発見したと伝えられる。江戸時代には、時の藩主がしばしば入浴に訪れていたという歴史ある名湯だ。
昭和16年に建てられたという木造3階建て、総欅づくりの本館は、ところどころ古びてはいるが、風格を感じさせる。昔から湯治場として栄えてきた歴史があり、旅館部のほかに湯治部も健在。共同の炊事場も備わっている。
鄙び好きの筆者は、旅館部ではなく、湯治部に宿泊。湯治宿ならではリーズナブルな料金がうれしい。
温泉は、5つの源泉を4カ所の浴場で堪能できる。どの浴室も清潔感にあふれており、透明な湯が湯船から勢いよくあふれ出している。加温も、加水も、循環濾過もしていない「源泉100%かけ流し」だ。
いずれの湯も文句のつけようがないが、名物風呂「白猿の湯」を抜きにしては、鉛温泉は語れない。まさに、600年前に白猿が湯を浴びていた場所から、今も湯が湧き出しているのだ。
■立ったまま入浴する足元湧出泉
何の予備知識もなく、浴室の扉を開けると誰もが面食らうことになる。そこは3階分の吹き抜けとなった広々とした空間で、真下に脱衣所と一体になった浴場が見える。浴場には20段ほどの階段を下りていかなければならないのだ。
女性は要注意。基本的に混浴で、脱衣所は目隠しがある程度だ(ただし、女性専用時間あり)。
中央には、10人くらいが浸かれそうな小判型の湯船。湯底が岩盤になっており、その割れ目から透明の湯が大量に湧き出し、湯船からあふれだしていく。生まれたての湯を味わえる足元湧出泉である。
体を沈めようとすると、一瞬「あっ!」という声をあげそうになる。筆者だけでなく、入浴する人のほとんどが「あっ!」「えっ!」「キャッ!」という声をもらす。なかなか足が底につかないのだ。なんと深さが1.25mもあり、日本一深い岩風呂とされる。そう、立ったまま浸かるのが白猿の湯の特徴なのだ。
温泉の効果としては、温泉の成分を皮膚から吸収することにより得られる「薬理効果」や、体が温められることにより血行がよくなる「温熱効果」が注目されがちだが、実は、「水圧効果」や「浮力効果」も見過ごせない。
「水圧効果」は、体表面に圧力がかかり、内臓が刺激される。つまり、天然のマッサージ状態になる。ちなみに、肩まで浸かったときには、体の表面積全体で、実に500キロ以上もの水圧がかかっているというから驚く。白猿の湯の場合は立位浴なので、全身にまんべんなく水圧がかかり、循環器系を整えるほか、血行促進にも効果があるとか。
「浮力効果」もあなどれない。温泉に首まで浸かると、体重は10分の1ほどに感じられ、体が軽くなった感覚になる。すると、脳からα波が出て、リラックスした状態になりやすいという。湯船の中に座っている状態よりも、白猿の湯で立ったまま浸かっているほうが、当然浮力も大きく感じる。
■体がふわふわと浮く
筆者は、広い湯船のときには、湯船のふちに両腕とあごを乗せて、うつぶせの状態になるのが、お気に入りの入浴スタイル。体がフワッと浮く感じが心地よく、腰や背中が伸びるような感覚も気持ちよくてクセになる。
いつもと同じように、湯船のふちに両腕をとあごを乗せて、お気に入りの体勢になってみた。湯底からこんこんと湯が湧き上がってくる力も加わっているのだろうか、いつもより体がふわふわと浮く。極楽、極楽……とつぶやきたくなった。
しばらくして立居浴に戻ると、一緒に入浴していた男性2人も、筆者と同じ体勢で湯船にぷかぷかと浮かんでいた。よっぽど気持ちよさそうに見えたのだろうか。鉛温泉を訪ねた際は、ぜひこの入浴スタイルをお試しあれ。