■365段の石段街
数多くの名湯を抱える群馬県の中でも、歴史ある古湯として名を馳せるのが、榛名山の中腹に湧く伊香保温泉だ。365段の石段に沿って形成された温泉街には、歴史ある旅館やレトロな土産物屋などが並び、入浴客が浴衣姿でそぞろ歩きする光景が絵になる。
伊香保温泉の始まりは、およそ400年前までさかのぼり、このときに石段がつくられたとされる。今の石段は1980年から5年をかけて大改修されたもので、御影石が敷かれている。石段街の地下には源泉が流れており、源泉を分岐させている小満口からは、その様子を見ることができる。
石段街に沿って並ぶ旅館に宿泊するのもよいが、日帰りでも気軽に温泉を楽しめるのが伊香保の魅力だ。入浴するなら石段街から10分ほど離れたはずれにある「伊香保露天風呂」がおすすめ。紅葉の名所である河鹿橋などを見ながら歩いていくと、あっという間である。
伊香保露天風呂は、泉源(温泉が湧きだす場所)のすぐ隣にある男女別の露天風呂。内湯はなく、木々に囲まれた開放的な湯船と簡易な脱衣所のみのシンプルな日帰り施設だ。
石段街に建つ旅館は、ここから黄金の湯を引いているので、伊香保でもっとも新鮮な湯を楽しめるというわけだ。温泉は新鮮であればあるほど、そのパワーを享受することができる。
■特徴の異なる2つの源泉
あつ湯とぬる湯に分かれた湯船には、茶褐色の源泉がかけ流しにされている。その見た目から「黄金(こがね)の湯」と呼ばれている。湯の中に含まれる鉄分が酸化し、独特の茶褐色になるのだ。
実は、伊香保には「黄金の湯」と「白銀(しろがね)の湯」という2つの源泉が存在する。もともとは「黄金の湯」だけだったが、近年湧出したのが「白銀の湯」である。白銀の湯は、無色透明でやさしい入浴感が特徴だ。2つの湯を入り比べてみるのも伊香保の楽しみ方のひとつである。
『万葉集』の時代から湧いているという濃厚な「黄金の湯」を堪能していると、隣で入浴していた若者グループの一人がぽつりとつぶやいた。「やっぱり温泉は濁ってないと、入った気がしないよなあ」。
同感。たしかに、白や緑、褐色などの濁り湯は、温泉情緒を高めてくれる。私も濁り湯を前にすると心が弾む。実際に、濁っているのは温泉の成分が濃い証拠であるケースが多く、効能も期待できる。濁り湯が良質な温泉であるのは間違いない。
ただし、濁り湯のほとんどは、地表に湧きだした直後は透明である。大気に触れることによって酸化などの化学反応が生じ、濁っていく。つまり、濁り湯というのは湯が劣化していく過程と言えなくもない。
実際、露天風呂のすぐそばにある「黄金の湯」の泉源を覗いてみると、こんこんと湧き出す湯はまだ透明である。
■良泉口に苦し
温泉の効能は入るだけでなく、飲むことでも得られる。ドイツなどのヨーロッパでは、多種多様なミネラルが溶け込んでいる温泉は「飲む野菜」とも呼ばれ、飲泉は温泉療法の基本とされている。
伊香保露天風呂の近くには飲泉所もあるのでぜひ立ち寄ってほしい。きっと驚くはずだ。
湯を口にふくむと、錆びた釘のような金属味で、強烈にまずい。これまで全国各地の温泉を飲泉してきたが、そのまずさは伊香保が随一だと思う。
日本の温泉地では、ほんのりと塩分の味やゆでたまごのような味がする、飲みやすい温泉が多いが、伊香保の湯は例外である。
だが、それも温泉の成分が濃い証拠。「良薬口に苦し」という言葉があるが、「良泉口に苦し」である。興味のある方は、ぜひ飲泉にもチャレンジしてほしい。