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“究極のギバー”稲盛和夫と二宮尊徳に学ぶ経営哲学

楠木建の「経営知になる考え方」

稲盛和夫と二宮尊徳に共通する“究極のギバー”の精神

 井上裕『稲盛和夫と二宮尊徳』という本の解説を書いた。二宮尊徳と稲盛和夫、この2人の人物は究極のギバーだった。尊徳の「報徳の精神」、稲盛の「利他の心」、いずれもギバーの思考と行動を完璧にとらえている。

 「半世紀を超える経営者としての歩みを思い返すとき、いま多くの人たちに伝え残していきたいのはおおむね一つのことしかありません。心がすべてを決めている」と稲盛は言い切る。成果=考え方×熱意×才能――努力と才能があったとしても考えが誤っていれば立派な仕事はできない。すなわち尊徳の言う「心田を耕す」だ。尊徳と稲盛を究極のギバーにしたのは、彼らの心の中にあった論理だった。

 二宮尊徳と稲盛和夫には驚くほどの共通点がある。本書が明らかにしているように、稲盛は尊徳に大きな影響を受けている。しかし、それ以上にこの2人が「ど真剣」に生き、経験を重ねる中で普遍にして不変の真理に接近していったことがあると思う。山の頂点はひとつ。どこからどのルートで登ったとしても、同じ本質にたどり着く。

松下幸之助、本田宗一郎、豊田佐吉…稲盛和夫と二宮尊徳が時代や業界を超えて与えた影響

 稲盛だけではない。尊徳は後世の人々に広範な影響を与えた。稲盛の前の時代を生きた松下幸之助の「道徳は実利に結びつく」、本田宗一郎の「3つの喜び」(作って喜び売って喜び買って喜ぶ)、トヨタ創業者の豊田佐吉やスズキ創業者の鈴木道雄の「現場・現実・現物」には尊徳の強い影響がある。

 現代に生きる若い人々にも、尊徳は影響を与え続けている。貧困問題を解決する金融包摂の実現に向けて、途上国の数百万世帯に金融サービスを提供している起業家の慎泰俊。2014年に彼が創業したマイクロファイナンスの会社の社名は「五常・アンド・カンパニー」――言うまでもなく、尊徳の「五常講」にちなんだ社名だ。

 著作や「盛和塾」の活動を通じて、稲盛もまた現代を生きる多数の人々に深い影響を与えた。稲盛の影響を受けた経営者は枚挙にいとまがない。

 心田を耕し、利他と無私の心で生きた人格者や思想家は他にもたくさんいる。しかし、尊徳と稲盛ほど強烈な影響力を持った人物は稀だ。この2人の特異な影響力の源泉はどこにあるのか。私見では、彼らが思想家であると同時に、成果に向けて実行する「経営者」だったことにある。具体的で明確な目標を設定し、それを実現するための戦略を構想し、多くの人を巻き込んで成果を出す経営者――ここに尊徳と稲盛の最大の共通点がある。

理念を掲げ、思想を磨き上げた「現場主義」の経営者

 京セラを世界的な企業に育て、DDI(第二電電)でNTTの独占市場に風穴を開け、経営破綻したJALの再生を果たした稲盛は文字通りの名経営者だった。一方の尊徳もまたその本領は経営にあった。24歳で苦境に陥っていた生家を復興したのを皮切りに、農村経営のプロフェッショナルとしてさまざまな農地の開拓や復興を次々に成功させた。ついには徳川幕臣に迎えられ、日光神領の再開発を託された「再生請負人」だった。

 尊徳と稲盛は、大きな理念を掲げ、ぶれることがない。しかし経営者は夢想家であってはならない。その一方で、実際の世の中とそこに生きる人々を相手にする以上、思考と行動はあくまでも現実的でなければならない。実行できなければ意味がないからだ。

 思想を総動員して成果を出す。尊徳と稲盛は経営者としての成果にこだわった。成果を生み出すためには実行しなければならない。評論家(つまりは僕のような者)には経営という仕事は務まらない。経営の内実は実行にある。

 実行するためには、多くの人を巻き込んで、動かさなければならない。人を動かすためには、指示しなければならない。その指示はあくまでも具体的で実行可能なものでなくてはならない。何よりも自らの思想や哲学を実行に関わる人々に浸透させなければならない。そのためには、自分の思想を誰にとってもわかりやすく伝えなければならない。現実世界での経営を本領としたということが、この2人の思想を研ぎ澄まし、人々に甚大なインパクトを与える真因だと考える。

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