◆松丸本舗◆
「本で“遊ぶ”を見せつけて、1万冊の魅力を倍増」
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東京駅前、丸善書店丸の内本店。
その4階フロアの約1/3を占める65坪が、ユニークな実験的書店空間『松丸本舗』だ。
蔵書は約2万冊。しかしこの書店には「文芸」コーナーも「ビジネス書」コーナーもない。代わりにあるのは、「タイトル力」と名付けられ、『決断力』『イチローの集中力』『すごい弁当力』など"力"とついた本が並ぶコーナー。「なりきり変身術」と名付けられ、ウルトラマンの本と宝塚歌劇団の本とシャーマニズムの本が並んだ棚である。それら唯一無二のジャンル分けされた本は、ぐるりと回りこんだ迷路のような書棚に並ぶ。しかも並んだ本の前に、別の本が無造作に横置きされていたりする。縦置きになれた目には実に新鮮だ。「奥に、どんな本があるんだ?」と自然と探索したくなってくる。数歩も歩けば、誰しも新鮮な本との出会いを何度も楽しめる、というわけだ。
アマゾンなどのネット書店の隆盛で売上を減らし、新刊書店の数は減る一方だ。しかし、そんな苦境を尻目に『松丸本舗』には、毎日のように全国から本好きが集まる。しかも客単価は平均3500円と、通常書店の約3倍を誇る。
起ち上げは2009年。丸善からの依頼を受け、この店を創り上げたのは『多読術』や『17歳のための世界と日本の見方』などの著者で、ネット上の膨大なブックナビ『千夜千冊』などでも知られる名編集者・松岡正剛氏だ。松岡氏は“編集工学”を教える「ISIS編集学校」の校長としても知られている。
実は『松丸本舗』の店づくりも“編集工学”の手法に基づいているという。編集は、いうまでもなく雑誌や書籍やテレビ番組などの製作現場で使われる言葉だが、松岡氏はこれを「一見関係が無い事柄の中に、新たな関係性の軸を見つけ交換し、結びつけること」と広く捉えている。企画立案や情報収集など、もっと汎用性の高い幅広いスキルとして提唱しているわけだ。
だから松丸本舗の棚も、哲学書の横にマンガと図鑑と経済書が並ぶ。本と本との「あわせ」から、哲学コーナーやマンガコーナーに置いてあっては決して見えない、新しい“文脈”が浮かび上がるというわけだ。それが本好きの琴線に触れる。
考えて見れば、自宅の書棚はビジネス書と音楽理論とファッション雑誌が並び、その手前に読みかけのSF小説が積まれていたりするものだ。だからこそ、「何だか難しそうな本だけど、面白いのかな…」なんて感じで、思わず手にとってみたくなる。『松丸本舗』は、まさにそんな誰しも味わったことがある読書のきっかけ体験を提供しているわけだ。
「松丸本舗の棚作りの根底にあるのは『本でもっと遊ぼう』ということでもあるんです。松岡は『日本人の多くは本を高尚なもの、知的なものと捉えすぎてきた。そのせいで自由な発想や遊びを無くした』とよく言う。それが今の市場の縮小と繋がっているというわけです」(松丸本舗プロジェクトリーダー・和泉佳奈子さん)
そんな遊びの一つとして、ブックギフトの試みがある。店主の松岡氏はもちろん、歌手の美輪明宏さんや女優の山口智子さん、デザイナーの山本耀司さんなど、各界の著名人が本をセレクト。それを「福袋」としてセット販売した。もっとも、書籍は再販制度があり、定価販売が原則だ。そこで松丸本舗では、それぞれの袋に、彼らが選んだ食器や雑貨、オリジナルのストールなどを同封して販売。定価の本の福袋に、割安感のみならず、新たな付加価値を“遊び心”で付与したわけだ。結果、各福袋は各人の数セットが1万円を超える高額にも関わらず、一週間を待たず完売したという。これも編集の力、だろう。
「業界の慣例だから」「そういうものだから」――。そんな当たり前に縛られているうちに、市場の変化に対応できずに、縮んでいる業界、会社は少なくない。しかし、“編集工学”、いってしまえば「商品の組みあわせの妙」という極めてハードルの低い手法でブレイクスルーとなりうるのだ。その“あわせ”のアイデアが浮かばない? 『松丸本舗』をぐるりと回れば、着想のヒントがつかめるに違いない。
(カデナクリエイト/箱田高樹)
◆社長の繁盛トレンドデータ◆
『松丸本舗』
東京都千代田区丸の内1-6-4丸の内オアゾ 丸善丸の内本店4階
TEL:03-5288-8881(本店代表)
http://www.matsumaru-hompo.jp/
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