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第54話 PM2.5「越境汚染」 ―中国の汚染物質が日本を襲う

中国経済の最新動向

 2014月2月26日、大阪府では午前5時から正午にかけての大気汚染物質PM2.5の平均濃度が、国の基準を超える、90.4マイクログラム(μg)を観測した。外出や激しい運動を減らしたり、屋内でも換気を最小限に抑えたりするなどの注意喚起が、初めて出された。大阪のほか、福島・新潟・富山・香川など日本の広い範囲で、PM2.5の高い濃度で観測され、注意喚起情報が出された。
 
 一方、近隣の中国では、ここ一週間、首都北京ではPM2.5の高い濃度が観測され、人間の健康を脅かす最悪レベル「厳重汚染」という深刻な状態が続いている。大気汚染は国境を超え、日中両国民の共通な関心事となっている。
 
 それでは、中国の環境汚染はいったいどれほど深刻化しているか? 日本にいったいどんな影響を与えるのか? 3月10日に発売する予定の筆者の新著『PM2.5「越境汚染」~中国の汚染物質が日本を襲う』(角川SSC新書、2014年)は、現地調査の結果を踏まえて、その実態を明らかにしている。新著の「まえがき」の主な内容を次の通り、ご紹介する。


 
 日本の演歌歌手である五木ひろしの歌に、「山河」というタイトルの曲がある。
 
 人は皆、山河に生まれ、抱かれ、挑み、
 人は皆、山河を信じ、和み、愛す
 そこに生命をつなぎ、生命を刻む、そしてついには山河に返る
 
 日本の国土に生きる人々の心情に深く訴えかける美しい歌詞だと思う。
 
 中国の唐の時代の著名詩人・杜甫の詩句「国破れて山河あり、城春にして草木深し」(杜甫『春望』)に謳われているように、国が破れても、美しい山河は人々の心の拠りどころとなるのである。だからこそ、山河の大切さがいつの時代も語り継がれる。
 
 ところが今、環境汚染によって中国の山河は汚され、破壊されている。中国は、著しい経済発展の裏側で、大きな問題を抱えている。
 
 多くの国民に恩恵を与え続けてきた経済成長だが、その代償として環境汚染が引き起こされ、国民の生活を脅かしている。
 
 状況はかなり深刻である。PM2.5(微小粒子状物質)の発生、がんの村の出現、国土の砂漠化、土壌や水質の汚染などの問題が複雑に絡み合い、いずれの問題も一朝一夕に解決に至るようなものではない。現在の状態のままでいくと、事態はさらに悪化していく可能性が高い。
 
 2012年11月に開催された第18回中国共産党代表大会で、胡錦濤氏は政治活動報告を行い、この中で「美麗中国を目指せ」という目標を掲げた。しかし、「美麗中国」は、美しい山河が戻らなければ絶対に実現しない。
 
 この党大会で総書記に選ばれた習近平は、「中国の夢」という言葉を用い、その夢を実現しようと国民に呼びかけた。
 
 では、中国の夢とは何なのだろうか。それを探るヒントが、「米中首脳会談」の際の習近平氏の発言の中に垣間見える。
 
 2013年6月7日、習近平氏はアメリカ大統領のバラク・オバマとカリフォルニア州の休養施設で会談した。会談は8時間以上にわたったのだが、その中で習近平が「中国の夢」について語っている。
 
 それによると、中国の夢とは、「国家の富強、民族の復興、人民の幸福を実現すること」だと言う。
 
 人民の幸福には、当然、国民が安心して空気を吸えること、きれいな水が飲めること、安全な食品を食べられること、美しい山河に囲まれて生活できること、といった当たり前のことが含まれるはずである。
 
 となると、習近平が描く中国の夢を打ち砕くものは、環境汚染にほかならない。中国の夢を実現できるかどうかは、環境対策の成果の行方が大きく左右することになる。
 
 今後、中国はどのような方針で国家の成長を目指していくのだろうか。もしも進む方向を誤れば、取り返しのつかないことになりかねない。
 
 明治時代の日本の庶民政治家である田中正造は、かつて次のように述べている。
 
「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」
 
 日本の公害の原点ともいえる足尾銅山の鉱毒事件が起きたのは明治時代半ばだった。銅山から流れ出た鉱毒は、清流を死の川に変え、山や田畑を壊した。しかし、銅は成長著しい日本経済を支える主要産品であった。銅の生産を減じることは、日本経済の成長を鈍化させることを意味する。そのため、政府は鉱毒によって脅かされる人命を軽視し、富国強兵を優先したのである。
 
 当時、衆議院議員だった田中は、議会において政府への質問を繰り返した。だが、そのたびに官僚によって真相の解明を妨害され、問題は一向に解決にされなかった。
 
 政治家としての立場に限界を感じた田中は、職を辞して鉱毒被害を訴える運動を組織し、死罪を覚悟して天皇陛下への直訴という手段に打って出た。しかし、彼の前に立ちはだかる国家の壁は、あまりにも巨大であった。その壁をどうしても突き崩すことの叶わない田中であったが、それでも人々のために立ち上がった。そこには、不撓不屈の精神が宿っていた。
 
 今の中国は、当時の日本の状況と重なる部分がある。経済成長を優先させた結果、環境汚染による被害は国中に広がっている。田中の言葉は、国を変え、隣国中国で再びその意味の重さを増している。今の中国は、「真の文明とは何なのか?」を自らに問いかけなくてはならない。
 
山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし
 
 中国が出すべき答えは、この田中の言葉にはっきりと示されている。
 

 

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