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第128話 「政令、中南海を出ず」の教訓 ~なぜコロナウイルス肺炎対応の初動が遅かったか~

中国経済の最新動向

 中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎は、2月23日時点で感染者が7万7000人を突破し、死者も2500人を超えた。2003年発生した新型肺炎(SARS)に比べると、感染者が15倍、死者数が7倍に相当する。

 

 新型ウイルス肺炎は中国経済に与える打撃が極めて大きい。最悪の場合、今年第1四半期の経済成長率がマイナスに転落する確率が高く、通年では5%を割る可能性も否定されない。

 

 マイナス影響は経済のみならず、政治分野にも及ぼしている。新型ウイルス肺炎対応の初動が遅かったため、習近平政権に対する国民の不満や不信感が強まっている。年に一度の全人代も延期せざるを得ず、事態の深刻さが裏付けられる。

 

◆「上無指示、下不幹事」という実態

それではなぜ政府の初動が遅かったのか?

 

 近年、「上無指示,下不幹事」(上から指示がなければ、下が仕事しない)という風潮が中国官僚システムの常態となっている。習近平思想を主な勉強内容とする政治学習が共産党幹部の最優先事項となり、ほかの仕事については、いくら重要な事であっても、最高指導者の指示がなければ下は動かない。今回新型肺炎の初期対応は正にその典型的な事例と言える。

 

 中国マスコミの報道記事によれば、昨年12月8日に原因不明の肺炎患者1人が武漢市内病院に入院し、その後、新型コロナウイルス肺炎感染が確認された。2月17日発行の専門誌「中華流行病学雑誌」に掲載された中国疾病予防コントロールセンター(CCDC)の論文によれば、昨年12月末まで、武漢市をはじめ全国の患者数が104人、1月1~10日が653人だったが、11~20日は5,417人と感染拡大し、21~31日は2万6,468人とさらに急増したという。

 

 実は、昨年12月初旬から今年1月中旬まで、地方政府も中央政府も新型ウイルス肺炎対策を打ち出さなかった。政府が対応を本格化させたのは、習近平国家主席の重要指示が公表された1月20日以降。21日、中国政府が感染者の全国集計を公表し始めた。23日、コロナフィルス肺炎を封じ込めるため、習主席の指示の下で、武漢市政府は「城封鎖」に動き出した。その後、「城封鎖」の動きが湖北省全域に広がった。

 

 だが、この初動はもう遅い。1月11日に春節(旧正月)を前にした帰省ラッシュが既に全国で始まり、23日武漢封鎖まで同市だけで500万人が武漢を出てしまった。コロナウイルスが拡散し、感染が中国のみならず世界にも広がってしまった。初動が遅れた代償はあまりにも大きい。

 

 1月27日、武漢市の周先旺市長は国営中央テレビの取材に対して、今回の新型コロナウイルス肺炎対応の初動が遅かったと認めながらも、新型疫病の情報公開について、「地方政府は情報を得た後、まずそれを公開する権限を(中央政府から)受けなければならない」と弁解した。周市長の発言は、感染拡大を招いた責任を中央政府に転化しようとする思惑が溶けて見えるが、その一方、「上無指示、下不幹事」という中国官僚システムの実態も如実に証言したと、筆者は見ている。

 

「政令、中南海を出ず」の教訓

 これまで、習近平国家主席が新型ウイルス肺炎に対し、最初に指示を出したのは1月20日とされてきた。しかし、2月15日に事態が急展開となる。

 

 2月15日発行の党中央機関誌『求是』(隔週誌)は、習近平主席の「政治局常務委員会議(2月3日開催)における談話」を発表した。この談話の中で、習氏は「1月7日、私は政治局常務会議において、新型コロナウイルス肺炎対策を指示した」と自ら証言した。言い換えれば、習主席が最初に新型肺炎対策を指示したのは、マスコミ報道の1月20日ではなく、2週間前の1月7日だった。

 

 筆者は国営中央テレビ、国営新華社通信、『求是』誌及び党中央機関紙『人民日報』を含む中国のすべてのマスコミを調べたが、1月20日前に習近平主席の肺炎対策指示を報道した機関は1つもなかつた。ちなみに党内通達もなかった。なぜ中国のマスコミは最高指導者の重要指示を報道しなかったか?今でも不可解の謎だ。

 

 マスコミが報道しない限り、国民も幹部も習主席の指示を知らない。結果として、「政令、中南海を出ず」となり、感染拡大防止のゴールド・タイミングを失ってしまった。ちなみに、「中南海」とは中央執行部の所在地で政治の中枢という。

 

 それでは1月7日から20日までの2週間、武漢市や湖北省及び全国では何が起きていたか? 7~10日に武漢市人民代表大会が開催。11日より春節帰省ラッシュが始まった。12~17日に湖北省人民代表大会も予定通り開催。18日、地元政府の許可を得て、武漢市百歩亭居住区では「万家宴」という大型パーティが開催され、4万世帯が参加した。20日、武漢市政府は136人が新たに感染確認と発表。一方、11~20日の全国感染者が5,417人と拡大した。「政令、中南海を出ず」は感染拡大を招き、1月7日習近平指示を報道しなかった中国マスコミの責任は実に大きい。

 

「情報隠し」に動いた武漢市政府

 今回の感染拡大について、情報隠しに動いた武漢市政府の責任が重大だ。

 

 コロナウイルス肺炎に関するニュースの中で、中国の1人の医師の死亡記事が世界の注目を集めた。この医師は、武漢中心病院の李文亮医師だ。昨年12月30日、李医師は「7人がSARS(新型肺炎)にかかり、私たちの病院に隔離されている」とSNSに投稿し、友人や同僚に警告を発した。また、その後に「SARSではなく、新型コロナウイルス肺炎だ」と、李医師が補足した。

 

 だが、武漢市公安当局は、李医師のSNS投稿を「デマを流し社会秩序を乱す」行為として問題視し、彼を呼び出して訓戒処分とした。1月1日時点で、李氏を含め、新型肺炎の情報をSNSで友人や同僚・同窓に伝えた武漢市の8人の医師が「デマを流した者」として処分されている。

 

 さらに、同日に国営中央テレビ(CCTV)は複数のチャンネルで武漢市公安当局がSARS感染のデマを流した8人を処分したニュースを複数回にわたり放送した。党中央の宣伝機関である国営中央テレビを通じ、武漢市公安当局の行動が正当化され、全国に知らせた。

 

 悲劇なのは、新型ウイルス肺炎の情報を伝え、警告を発した李医師本人も、病院の医療現場で新型ウイルス肺炎を感染し、2月7日に死亡した。

 

 李医師の死亡は国民の怒りを爆発させた。インターネットでは情報隠しの武漢市政府を非難する言論が充満し、政府当局に対する国民の不満や不信感が限界に達する。

 

 疫病に関して、現場の医師の情報は極めて重要だ。李医師らが警告を発した時点で、もし政府当局はそれを重視して即座に対応すれば、感染拡大を防止できたかもしれない。しかし、当時、政府当局は、情報を押さえ込むことに終始した。その結果、感染が拡大してしまったのだ。ここに、情報統制の中国という国の重大な欠陥が露呈している。

 

 武漢市政府の情報隠しはこれだけではない。武漢当局が初めて「原因不明の肺炎27人」を発表したのは昨年12月31日。1月11日から16日までは「感染者41人で変わらず」と発表し続けており、情報隠しの疑いが濃厚だ。湖北省では1月12~17日に人民代表大会が予定通り開催され、政治最優先のため、感染情報を意図的に隠しているのではないか、国民はそう思っている。実際、この政治イベントが終わると、1月20日に武漢当局は「新たに136人感染確認」と発表した。武漢市政府による一連の情報隠しは感染拡大につながったことは間違いない。その責任が重大だ。

 

 前述の李医師は、新型肺炎感染で入院中の1月30日にメディアの取材に対して、「健全な社会であるならば、声は1つだけになるべきではない。公権力が過剰に干渉することには同意できない」と語り、最期まで言論自由、情報公開の重要性を訴えた。

 

 現在、中国の新型コロナウイルス感染は鈍化する傾向にあり、5月か6月に終息を迎えるだろう。しかし、今回の感染拡大の教訓が甚だ深刻だ。教訓を生かして「上無指示、下不幹事」や「政令、中南海を出ず」及び情報隠しなどの弊害を是正しなければ、将来、今回のように大規模な疫病感染拡大が発生しない保証がない。(了)

 

 

第127話 「ABCD技術+5G」で覇権を狙う中国前のページ

第129話 収束を迎えつつある中国新型コロナ肺炎次のページ

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