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- 第41回 出湯温泉(新潟県) 二日酔いに効果あり!? 弘法大師が見守る寺湯
■二日酔いには「ぬる湯」が効く
温泉旅館に泊まると、ついつい酒がすすんでしまう。新潟県の出湯温泉(阿賀野市)を訪れた日も、朝から頭がガンガン痛む。前夜、新潟の地酒を飲み過ぎたせいだった。
「二日酔いの日は、熱い風呂に入って汗を流すとすっきりする」と思っている人もいるかもしれないが、実は正しくない。二日酔いのときに熱い湯に浸かって汗を流すと、肝臓の水分が不足し、よけいに肝機能が低下してしまう。私自身も昔は「二日酔いには、熱い風呂がいい」と思い込んでいたので、ますます具合が悪くなるという経験を何度もしたものだ。
二日酔いには、ぬるい湯のほうが適している。40℃以下のぬる湯にじっくり浸かるほうが体への負担が少ない。しかも、温泉は利尿を促進する効果もあるといわれているので、入浴前に水をたっぷり飲んで、尿からアルコールを外に排出することもできる。
出湯温泉は、弘法大師(空海)が開山し、山岳信仰の拠点として知られる五頭山の麓に湧く。809年に弘法大師が錫杖をついて湯を湧出させたという伝説が残るというから、実に1200年以上の歴史を誇る。
ちなみに、弘法大師が発見したとされる温泉地は日本各地にある。温海温泉(山形県)、芦ノ牧温泉(福島県)、法師温泉(群馬県)、修善寺温泉(静岡県)、龍神温泉(和歌山県)、杖立温泉(熊本県)……など数え上げればきりがない。実際には、温泉地としての箔をつけるために名前だけ使われたケースもあるというが、弘法大師もきびしい修行の合間に温泉で癒されていたのかもしれない。そう考えるだけで、急に親近感がわいてくる。
出湯温泉は、数軒の温泉宿があるだけの静かで小さな温泉地。その温泉街の中心に位置するのが華報寺(けほうじ)だ。これまたこぢんまりとしたお寺だが、江戸時代から昭和初期までは参拝客や湯治客が後を絶たなかったという。
■お寺の境内に湧く共同浴場
華報寺の境内の一角にひっそりと佇んでいるのが、「華報寺共同浴場」。出湯温泉の発祥の湯である。昔から仏教には寺院の入浴施設を貧しい人などの庶民に開放する「施浴」という文化があったが、温泉の寺湯が今も残っているケースは全国でも珍しい。
浴室には、大理石で縁どりされたタイル張りの湯船がひとつ。5、6人も入れば一杯になってしまう湯船からは、透明でピュアなアルカリ性単純温泉が大量にあふれ出していく。湯が流れ出るザーッという音が浴室に響きわたるほど、と言っても大げさではない。
泉温は38.6℃。ほんのりと熱を感じる程度のぬる湯だ。しっとりスベスベとした湯は、まったくクセがなく、化粧水のようにじんわりと肌にしみ込んでいく感覚といえばよいだろうか。二日酔いの体にも負担がかからないやさしさがある。
■眠りに落ちるほどの心地よさ
湯船の縁に後頭部をのせて天井近くを見上げると、浴室の一角に積み上げられた石の上に、弘法大師の小さな立像があることに気づいた。まさに弘法大師に見守られながら温泉を楽しむという格好である。きっと御利益があるに違いない。
「弘法大師様、すばらしい温泉をありがとうございます」と感謝しつつ静かに目を閉じると、あまりの気持ちよさに、ついうとうとしてしまった。「こんにちは」と言って入ってきた地元客の声で起こされるまで、どうやら数分の間、眠りに落ちてしまったようだ。眠れるほどリラックスできる温泉には、なかなかめぐり会えない。
帰り際、お寺を参拝していると、頭の痛みもだいぶ緩和されていることに気づいた。これも温泉効果だろうか、それとも弘法大師のお力だろうか。だが、一番の特効薬は、深酒しないことである。くれぐれも旅先での飲みすぎには注意したい。