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人間学・古典

第9回 「ハラスメントの向こう側」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 何事も過剰が良くないのは当然だが、昨今の「ハラスメント」に関する話題は、いささか度を過ぎていると感じるのは私だけか。日本では、30年ほど前に「セクシャル・ハラスメント」が最も早く根付き、以降、現在では30を超える「ハラスメント」があるようだ。「嫌がらせ」の意味のこの言葉、困るのは、発言する側には悪意がなくとも、受け取り手が不快だと感じれば、それで成立してしまうという「主観」のみで判断されるケースがあることだ。

 

 よく例に挙げられるのが、自分が好ましいと感じている人に「今日のコーディネートは素敵だね」と言われれば喜べても、自分が好きではない人から言われると「ハラスメント」になる、というものだ。中年以上の男性は、特にそうした感覚に疎い場合もあり、我が身を振り返りつつ、困った時代だと思う。

 

 もちろん、冒頭でも書いたように「過剰」や「不当」、あるいは端からみても「強引」「不公平」と思われることはキチンと対処すべきだ。それは「依怙贔屓」、「苛め」など、昔からの悪い慣習の是正にもつながる。一方で、私などは宴席で何のいわれもなく「俺の酒が呑めないのか」というシーンなども経験して来た世代で、いささか辻褄が合わないとも思うが、それは時代の変化で、今の時代に従うべきだろう。また、かつては耐えるしかなかった問題が、「第三者」の眼によって客観的な意見で判断される事例が増えているのは好ましいことだ。

 

 私が恐れているのは、「ハラスメント」という横文字の中に隠されている、「弱者の権利を守る」目的を楯に取った「我欲」の横行だ。総じて今の日本人は世代を問わず、「我欲」に溢れている時代に感じられてならない。電車のドアが開いた瞬間、降りる人が終わるのを待たずに空席に殺到する人々は若者だけではない。年長者が豊かな人生経験から人々に敬われていた時代も同時に失うことになったのが、この「ハラスメント」の向こう側にあるのではないだろうか。「暴走老人」などという言葉が定着する時代になるとは予想だにしなかった。

 

 時期は少しずれるが「ハラスメント」の向こう側で頭を持ち上げたのが「モンスター〇〇」との言葉だ。明らかに不当の範疇に入る要求をしておきながら、ルールに従ってそれを断ると一瞬にしてクレイマーに早変わりをしかねない「モンスター」に頭を痛めておられる方々も多いだろう。

 

 しばらく前の記事だ。駅の改札をICカードで通ろうとした若者が、料金不足か何かで自動改札を通れず、有人改札へ来た。しかし、携帯電話からのイヤホンを両耳にはめたまま一言も口を利かずに、無言でICカードを放り出したそうだ。駅員からすれば「料金が○○円足りません」と説明したいところだが、それをすると途端に「キレる」乗客がいるそうで、仕方なく機械に表示された不足額を指さし、若者は投げ捨てるように数枚の硬貨をカウンターに出し、お釣りを取ると一言の会話もなく改札を出て行ったそうだ。

 

 駅員が正当な業務として内容を丁寧に説明しても、自分が聴いている音楽か何かを中断されたという立場に立てばハラスメントになってしまう。しかし、元はと言えば、自分のカードの中に目的地に足るまでの残額あったかどうかをろくに確認もせずに、人任せで改札を通って来た乗客はどうなのだろうか。仮に、この問題を指摘したら、乗客はクレイマーに変貌するだろう。

 

 ここで引用した例はいささか極端に過ぎるかもしれないが、こうして「起きるかもしれない」摩擦を避けていれば、必然的に会話は減少する。時代はそれに追い打ちをかけるように「無人店舗」や「AI」の開発や充実に懸命だ。これらは、人手不足の解消や、新しいコミュニケ―ションに寄与するところは大きい一方、人と人との接触の機会を更に減らす危険を考えれば諸刃の剣とも言える。

 

 「会話」や「対話」をすれば、摩擦が起きるのは当然だ。しかし、その中で我々は学習を重ねることも事実なのだ。トラブルになることを恐れて多くのハラスメントやモンスターに出会わないようにしていると、お互いに相手の考えがどんどん分からなくなる。

 

 赤ん坊がやかんに手を伸ばし、火傷をすることで危険を学習するように、年代に関係なく双方が少しずつの勇気と関心を持って相手と対峙することも決して効果がないわけではない。私も、若い人々にあえて厳しい言葉をぶつけることがある。相手を見てその強度を考えるのは当然だが、一番は速攻性を期待しないことだ。「親の小言と冷酒は後で効く」の例えではないが、しばらくの歳月を経て、「あぁ、あれはこういう事だったのか」とでも思ってもらえれば幸いだ。

 

 それは、取りも直さず自分が通って来た道で、40を過ぎ、50を過ぎ、60に近くなってからようやく「あぁ…」という自分の血の巡りの悪さに気付いたからなのだ。これからは、少し「うるさい爺」を目指しても良いのではなかろうか、と思っている。落語の『小言幸兵衛』のように。

 

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