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逆転の発想(21) 現場と司令部の力学(スターリンとヒトラー)

指導者たる者かくあるべし

 スターリングラード攻防戦
 第二次世界大戦の西部戦線でオランダ、ベルギーを降し、一気にパリを陥落させたヒトラーのドイツ軍は、狙いを東部戦線のソ連攻略に移る。「バルバロッサ作戦」と名付けた大作戦で、1941年5月、ドイツ軍はソビエトに宣戦布告し、北部(レニングラード)、中部(モスクワ)、南部(カフカス油田)の三正面に向けて猛攻撃を開始した。
 
 圧倒的な軍事力を誇るドイツ軍は、航空機による爆撃と戦車機甲部隊による電撃戦で破竹の進撃を続けた。体勢を立て直したソ連軍の抵抗で北部、中部の戦線が膠着状態に陥ると、ヒトラーは、南部方面に主力軍を注ぎ込み、本来の目的だった油田制圧を後回しにして一気に退却した敵の拠点であスターリングラードに雪崩れ込んだ。
 
 ソ連の最高指導者の名前を冠した都市の陥落は、ソ連軍兵士の士気をそぐことになる。
 
 ボルガ河の防衛線を破られれば、背後からモスクワをつかれる。勝負あったかに見えたが、ソ連軍は粘り強く市街戦とゲリラ機動戦を駆使してドイツ軍を釘付けにした。
 
 スターリングラードの攻防戦は1942年7月から半年に及び、ドイツ東部方面軍の主力は翌年2月に降伏する。以後、ドイツ軍は西部戦線でも連合軍の反攻にあい、二度と主導権を握ることはなかった。南部ロシアの一都市をめぐる戦いがヨーロッパの戦いの帰趨を制したのである。
 
 圧倒的な戦力差を覆した独ソ戦の勝敗の要因は、両軍の総司令官の現場への対処の仕方にあった。何が違ったのか。
 
 ナチの指揮系統とスターリンの軍・党制御
 いつの時代、どの国においても軍というのはリアル(現実的)な存在だ。彼我の戦力、情勢を見極めて勝利を目指す。常に現場に即して合理的判断を下す。しかし独裁国家においては、軍は独裁統治者の政治的判断に口を挟めない。その意味では、政治組織ナチのリーダーであるヒトラーも、共産党トップのスターリンも圧倒的権力を掌握し、軍は往々にして合理的判断を阻まれた。
 
 ドイツ軍はというと、もちろん参謀本部は昨日していたが、総統ヒットラーの指令は、軍の判断に優先された。各部隊レベルでも軍の指揮系統とは別に、ナチ党の軍事組織である親衛隊(S S)の政治将校がヒトラーの意思を有無を言わせず伝えた。
 
 1942年7月、ドイツ軍はスターリングラードに猛爆撃を加えて完全に包囲する。この時点でドイツ第6軍司令官のパウルス中将は、市街戦を避けて、不足する燃料を確保してからボルガ河を越えて電撃東進する戦略を練っていた。そこへヒットラーから命令が届く。
 
 〈8月25日までにスターリングラードを占領せよ〉
 
 パウルスは悩む。電撃戦が得意のドイツ軍は市街戦の経験に乏しい。さらに、同市の市街地は徹底した空爆で瓦礫の山となっており、戦車で突入しても身動きが取れない。泥沼の消耗戦に突入してしまう。
 
 ヒトラーの戦略の誤りは明らかだった。
 
 一方のソ連。現地に共産党政治局員として送り込まれたフルシチョフ(のちに首相)は、「市の放棄、ボルガ河以東への撤退」を進言するが、市街地死守にこだわるスターリンに退けられる。かと思えば、退却を指令するレーニン。指示は揺れた。
 
 現場に狙いを的確に伝える
 ソ連軍の司令官の間でも、市の放棄が合理的であることは自明の理であった。そこへ市防衛部隊司令官として送り込まれたチュイコフ中将は、スターリンの無理やりの「死守司令」と軍のリアルな判断を調和させた。自ら最前線の指揮所に留まり市街戦を督励した。
 
 チュイコフは、市街戦にこだわるヒトラーの司令が合理的でないことを見抜いていた。戦車も味方を誤爆する可能性のある爆撃も封じられたドイツ軍は怖くないことを見抜き、自らの役割を「時間稼ぎ」と信じた。冬が来れば、酷寒の地では寒さになれたソ連軍が有利である。さらに、シベリア方面からの援軍が到着すれば、反攻も可能だ。
 
 それが、スターリンの狙いであることは、チュイコフに伝えられていた。チュイコフの部隊は耐えた。そして1−2月の寒さがやってきた。密かにソ連軍の援軍は北方と南方から大きく敵を逆包囲し、ドイツ軍は降伏する。
 
 ドイツの現地司令官であるパウルスは、逆包囲の意図に気づき、撤退を進言したが、ヒトラーから届いた命令は、〈弱腰になるな、最後の一兵になるまで戦え〉だった。
 
 たとえて言えば、激戦の商戦での営業部門と、社長子飼いの企画部門の意見の衝突はどこにでもある。どちらが合理的か、その先の戦略はあるか。それを見極めて現場に伝えることができるかどうか。
 
 それがリーダーの力という話なのだ。
 
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『独ソ戦 絶滅戦の惨禍』大木毅著 岩波新書
『知略の本質』野中郁次郎ら共著 日本経済新聞出版

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