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第22回 差別化に効果を発揮する情緒的価値を意識した企業経営「さくらインターネット」

深読み企業分析

さくらインターネットはデータセンター事業者である。データセンター事業者とは、インターネットに不可欠なサーバの設置場所の提供、運営、サーバ自体の貸与、サーバ機能のレンタルなどを行う事業者である。

パソコンとパソコンがデータをやり取りする場合、必ずその間をサーバが仲介する。サーバはパソコンとパソコンの間にあって、パソコンから発する様々なリクエストに応えるものである。メールの確認もデータの受け渡しもウェブページの閲覧も全てパソコンのリクエストにサーバが応えているものである。
 
たとえば、小売業がネットショップを開こうとすると、ホームページを立ち上げなければならない。このとき、ホームページのデータをサーバに保管し、誰かがホームページを見ようとすると、サーバが応答してホームページが見られるようになる。サーバとはこのような特殊機能を持った大型のコンピュータのことを指す。
 
規模の大きな会社は自社専用のサーバを持っていることが多いが、小さな企業は同社のようなサーバ専業の事業者から借りることになる。私たちがネットでホームページを立ち上げたり、さまざまなツールを使う場合もサーバを借りなければならない。
 
同社は代表取締役社長の田中氏が専門学校時代の1996年に創業した会社である。いわば、わが国のインターネット黎明期から、データセンター事業を運営してきたわけであり、長年にわたり蓄積されてきた運営ノウハウが強みとなっている。
 
同社の特徴としては、自社のサービスに最適化された自社開発サーバを利用していることがある。このようにハードまで開発できる力を持っていることも同社の強みである。同様に、インターネットに関するさまざまな技術の実用化に取り組める研究組織も備えている。そのため、システム開発からサポート・運用まで一体的に自社対応が可能なオペレーションとなっている。
 
2010年に始めた仮想サーバサービス(VPS)も、日本の多くの会社が米国からのライセンスで行うのに対して、同社では自社でソフトを開発した。
 
さて、同社は2011年に業界に例のない、北海道の地にデータセンターの建設を行った。これまで我が国のデータセンターは顧客の立地に近い東京、大阪が主体を占めていた。これは日本の場合、データセンターを借りる顧客が本来意味のない物理的な距離に対する意識が強いためである。
 
しかし、それは本来おかしなことであり、ネット利用がより日常的になることによって、徐々にその意識が薄れてきている。また、2011年の大震災によって、災害対策上も距離的に遠い立地というもののニーズも増えてきている。
 
この石狩データセンターは極めてコストパフォーマンスの高いものである。データセンターのコスト構造は大きく分けて、固定的なコストと変動費的なコストがある。固定費的なコストは減価償却費、金利なども含めた家賃、人件費、サーバ代などである。一方、変動費の大きなものは電力代となる。
 
この石狩データセンターは、都市型と比べて家賃が大きく下がる。従来の都市型センターでは、場合によって顧客から受け取るサーバ関連費用の半分が家賃に消えることもあるが、石狩では都市部と比較するとただに近い家賃で運営できる。
 
次に電力料金が大幅に低下する。サーバを運転すると熱を発するため、都市型では空調に多くの電力を要することになる。しかし、石狩では外気を使って冷房することにより、従来型と比べて空調消費電力は約90%も削減できるのである。また、同時に電力使用量が大きく減少するため、電力関係の主要設備の必要数が大幅に減るというメリットもある。
 
そして、広大な平地に必要数に応じて設備を建設すればよいため、設備投資による固定費の増加がなだらかな階段状になり、業績の安定化に寄与するというメリットもある。
 
もちろん、同社の魅力は、コストの低いデータセンターを作ったことだけではない。その低コストデータセンターを持つことのメリットを最大限に生かして、同じ価格であれば顧客の利便性が高まるようなサービスを提供できることである。同社は、それらのソフトを自前で開発できるだけのノウハウを蓄積していることも強みである。
 
すでに同社が石狩の地にデータセンターを建設して3年半が経つ。当時聞いていた石狩データセンターの価値というものを最近改めて聞き直してみた。すると、物理的な価値は当初考えていたものと変わりはないが、それに加えて大きなメリットとして自社のブランド価値が上がったと述べている。
 
いわば石狩にデータセンターを建設することは、同社にとっては理詰めで決めた当然のことであったが、業界的には非常識に映るものであった。しかし、そのメリットを顧客に一つ一つ説明することで、顧客の認知を得ると、逆に最近は同社のブランドイメージの向上につながっているようである。データセンター業界は比較的同質の価格競争に陥りやすい業界である。その中で、さくら=石狩というイメージは、同社の情緒的価値の向上に大きく貢献しているようである。
 
《有賀の眼》
 
実を言うと同社の情緒的価値が石狩によって偶然上がったというわけではない。元来、データセンター事業はなかなか差別化が難しいビジネスであり、油断をすると価格競争となってしまう。そのため、このビジネスでいかに差別化するかということは同社にとって常に最大のテーマである。
 
すでに本文中でも述べたが、技術力、サポート力で勝負するというのはその一環であるが、当然、それを目に見える形で示すことはなかなかに難しい。そのため実はそれだけでは差別化は難しいのである。そういったバックグラウンドがあった上で、同社はポリシーとして値引きはしない、しかし定価は徹底的に安く、という方針を貫いている。つまり、5%、10%の値引きは意味がないが、50%の価格引き下げは果敢に行うというものである。これもやはりさくらはそうなんだと顧客に思わせるという点で情緒的価値に貢献しているようである。
 
数年前に始めたクラウドでも、多くの同業者が付加価値化に活路を見出す中、同社はあえてシンプルな機能を圧倒的な低価格で供給している。当時打ち出したキャッチは「何の変哲もないIaaS型クラウドを圧倒的なコストパフォーマンスで提供する」というものであった。まさに、あえて業界の逆を行ったわけである。
 
情緒的価値を追求するというのは、消費者相手のビジネスではごく当たり前に行われているものである。そのようなアプローチが比較的少ないと思われるITインフラの世界で行っていることが同社の価値ではないかと思われる。
 
これからの時代、情報の流通スピードが急速に増す中、ますます情緒的価値というものが重要になってくる時代になろう。たとえば、最近多くのブラックと呼ばれる企業が苦境に陥っているのも、情緒的価値が大きなマイナスに作用し始めた証拠ではないだろうか。

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