■有賀泰夫(ありがやすお)氏
1982年から約40年間にわたり、アナリスト業務に従事し、クレディ・リヨネ証券、UFJキャピタルマーケッツ証券、三菱UFJモルガンスタンレー証券…等で活躍。主に食品、卸売業、バイオ、飲料、流通部門を得意とし市場構造やビジネスモデル、企業風土等に基づく分析と、キャッシュギャップを重視した銘柄分析、売上月次データから導き出す株価10倍銘柄発掘の手法に定評がある。日経アナリストランキングにて常にトップグループをキープする実力派としての活躍し、09年独立。小売業、IT企業にカバー分野を拡げ、機関投資家や個人資産家向けに、独自の分析情報を提供。著書に「日本の問屋は永遠なり」(大竹愼一氏との共著)、講話シリーズに8年に渡り的中率90%を誇る「株式市場の行方と有望企業」シリーズと株式投資の考え方とやり方をテーマ別に解説する「お金の授業 株式投資と企業分析」シリーズがある。
この1年のコロナの感染拡大によって、多くの産業で大打撃を受けた会社が続出した。そんな中でも特に打撃が大きかった会社の1社が寿スピリッツである。同社は観光地のお土産屋から始まって、全国各地においてプレミアムギフトスイーツ市場を確立して、業界最大手となった会社である。同社のこの20年ほどの成長性はお土産業界のみならず、東証上場企業内でも際立っており、2003年3月期から2019年3月期の16年間の営業利益の年平均成長率は26.8%に達する。この間、営業利益はわずか1億円強が60億円にまで拡大した会社である。
最近では、インバウンドをターゲットとした国際空港での展開や海外展開でも飛躍を遂げようとする最中に、今回のコロナ禍に遭遇したのであった。その2020年3月期も年明けまではまさに絶好調で第3四半期までの累計業績は20.5%増収、43.4%営業増益というものであった。しかし、2020年3月になると売上は急激に落ち込み、第4四半期の3カ月ではほぼ収支トントンとなった。
そして、2021年3月期決算は図にあるように30億円近くの営業赤字に落ち込んだ。
コロナによって、国内外の人の移動がギリギリまで制限される事態になったわけであるから、まさに同社にとっては存亡の危機の1年であった。実際、1年前のコロナの初期には会社側でも会社の先行きに対して全く想像もできない中で、資金繰りの不安が頭をよぎり、給与カット、賞与カットを実施して、まずは守りの体制を取った。
しかし、未だコロナの情勢の先行きが見えない中ではあるが、この1年の大逆風下における会社経営を通じて、下期に営業黒字を達成したこともあり、先行きに関してはある程度の手ごたえを感じ、給与カットも賞与カットもすでにストップし、4月からは元に戻したと述べている。
この1年の状況を四半期ごとに振り返ってみると、2020年1月まではコロナの影響はほぼなく、売上高も前年同月比15.3%増と依然絶好調であった。2月からいよいよ影響が出始め、4月は緊急事態宣言発動で売上は5分の1まで落ち込む。その結果、2020年3月期第4四半期はかろうじて営業黒字を達成したが、2021年3月期第1四半期には74.4%減収となり、営業利益は24億円の赤字となった。
その後、4月を底にマイナス幅は縮小に転じたが、8月にかけて再び感染者数が増加し、ピーク人数を更新する過程では一旦売上の戻りは後退する。その結果、第2四半期も51.2%減収となって、10億円の営業赤字となった。
その後は再び感染者数の減少に加え、GoToキャンペーンの実施によって、10月まで大幅に売上は戻った。そのため、第3四半期は36.8%減収ではあったが、11億円の営業黒字を達成した。しかし、再度緊急事態宣言が発動された1月には一旦下がり、2月、3月と戻り傾向となり、第4四半期決算は再び営業赤字とはなるが、6億円程度の赤字に収めることができた。
その後は、再度の緊急事態宣言によって、4月は再び1月以来のマイナス幅となっているものの、2年前との比較で見て1月ほどの落ち込みとはなっていない。少なくとも同社の月次売上を見る限り、人々がコロナに対して徐々に慣れ始め、感染者数が増えても活動にそれほど制限を掛けなくなってきたことがわかる。
このような同社にとってまさに激動の1年を経過して、実は経営の先行きにも再び自信を持ち始めている。その証として、給与カットも賞与カットもすでにストップし、4月からは元に戻したと述べているのである。
この1年を通じて、同社では市場動向を冷静に見極め、ライバルが困っている今だからこそ打てる手を様々に打ってきた。
この1年は、人の移動が大幅に減少したことから、単純なお土産需要は壊滅的な打撃を受けた。また、それによって、打撃の大きい店舗と、打撃がそれほどでもない店舗がはっきりとしてきた。好立地で、大型の店舗は比較的落ち込みが小さく、立地が悪くて、小型の店舗は落ち込みが大きくなった。そこで、同社では主要業態のシュクレイでは新たに7店舗を出店し、5店舗の退店を行った。
一方で、コロナによって旅行消費が減少した半面、価値のあるものに対する消費姿勢は強くなっていることから、直営店や催事場において自家需要対策の強化を行った。また、通信販売の強化にも力を入れたことで、通販売上高はこの1年で、30億円弱が40億円強と前期比44.4%増となった。特にルタオのドゥーブルフロマージュはすでにブランド力も確立していることで、バレンタイン、ホワイトデー、クリスマス、母の日などのイベント需要にも焦点を当て、従来以上に通販が好調であった。
他社の多くが、じっと耐えて嵐が過ぎ去るのを待っているのに対して、着実に将来に向けた手を打てる同社は、アフターコロナにおいて、ビフォアーコロナ以上に勢いのある成長を遂げる可能性が高まってきたのではないかと思われる。
有賀の眼
危機に瀕して、当然経営者はその危機を乗り越える様々な手を打つ。しかし、目先の危機を乗り切るためだからといって、打っていい手と、打ってはいけない手がある。
実は、20数年前に本社のある米子で河越社長にあった時に極めて印象に残った話がある。当時も売上高が100億円で、営業利益は1-2億円に過ぎない会社で、全国各地のお土産売場で、当地の特産品や名物にちなんだお土産を売っていた会社であった。その当時大きな売上を占める製品の一つに東京駅で販売しているキティちゃん人形焼きがあった。ただし大きな売上と言ってもせいぜい数億円の規模である。
そこで、そんなに人気があるなら、全国で売れば、ずっと多く売れるのではないかと、質問をした。すると、そこでしか買えないからお土産として需要があるので、全国で売るようになったらお土産としての価値がなくなってしまうのだと聞いて、思わずなるほどと思ったものである。
当時社長は、とにかく誰でも知っているようなブランドを構築して、収益性を上げたいという夢を語っていた。その後、十数年してある日ふと気づくと、いつの間にか利益10倍の会社になっていた。それ以降、再び頻繁に話を聞くようになったのであるが、ある時やはりビジネスモデルの根幹に触れる話を聞くことができた。
同社が築いたプレミアムギフトスイーツ市場は、もちろん元々のお土産屋の遺伝子を引き継いでいて、やはりそこでしか買えないという特性を持たせている。加えて、ここ10年の変化の大きなものは、スマホの登場であった。それによって、ギフトをもらった人は自分の知らないものでもスマホで調べることで、その価値や価格までわかるということである。そのために、あえて高級原料を使って、高い価格のスイーツを提供すると述べていた。この時も改めて、なるほどと感心したものである。
さて、今回のコロナ下においても、このビジネスモデルの鉄則は貫いており、そのことでやはり、今後アフターコロナで力を発揮するものと思われる。
コロナ下において、多くのお土産製造業は、地元での売上が大幅減となっているために、それなりに名が知られた名物商品がある企業は、その商品を小分けにして全国のコンビニなどで販売し始めている。当然、名が知れたお菓子がコンビニで買えるので、それなりの売上は確保でき、地元の売上減をある程度は補える。しかし、同社が繰り返し述べてきたように、いつでも、どこでも買えるようになった商品はいかに元来ブランド力があったとしても、お土産としての価値が下がってしまうため、アフターコロナでは戻りが遅くなる可能性がある。
あくまで、現地でしか買えないからお土産としての価値があり、現地に来てもらえれば10個、20個セットが飛ぶように売れるのである。しかし、いくら名品であったとしても生活圏の範囲内でいつでもどこでも買えるようになったら、お土産としての価値が大きく低下してしまうのである。いつも近所のスーパーで売っている商品をお土産にもらっても、昔のような喜びはなくなってしまうのである。よって、同社では今回もそういう施策には手を出さなかったと述べている。
まさに、同社では危機に際しても、一息つけるからと言って、コロナから回復した時に、マイナスとなる可能性のある施策には手を出していないのである。打つべき手と、打ってはいけない手の厳密な区分けは、経営にとって極めて重要なポイントであろう。