◆俺のフレンチ・俺のイタリアン◆
「立ち飲みで、絶品料理を格安に――。秘訣は「人心を読む力」にあり。」
「原価率100%」という、赤字確定の目玉料理『牛ヒレとフォワグラのロッシーニ』(1280円)。かつて『シェ松尾』では1万5000円で提供されていたメニューだ。絶品
こちらは「活きオマールのロースト」(1280円)。『俺のフレンチ GINZA』の能勢シェフ(元シェ松尾のシェフ)によるこちらも得意料理だ。
立ち飲み席は予約不可。そのため、開店前からズラリと行列になる。互いにシェアしながら気軽に本格料理が食べられるというのも、今の人気になっている
90年代後半から市場規模を下げ続けている外食産業。しかし、そんな状況をあざ笑うかのように、夜な夜な東京の繁華街で長蛇の列をつくっている飲食店がある。
銀座を中心に5店舗を構える『俺のフレンチ』と、同じく4店舗構える『俺のイタリアン』各店だ。
人気の理由は、まず安さだ。
「仏産ウズラのフォアグラ包みトリュフソース」や「牛ヒレとフォワグラのロッシーニ」といった、高級店の最低でも2~3万円はするコース料理でしか食られなかったメニューを、同店では何と1000円台で出す。
中には380円の「淡路玉ねぎのグラタン」といった、コンビニすら脅かしそうな超格安メニューまであるほどだ。
なぜ本格的なフランス料理、イタリア料理を格安で提供できるのか?
秘密は“立ち飲み”スタイルにある。
通常、前述したようなメニューを出すのは高級レストランに限られていた。こうした店では雰囲気も売るためテーブルや椅子のスペースをゆったりとり、席数も少なめ。
客の回転率は下がるが、それでも客単価が高かったため、1日1~2回転でも利益が出たわけだ。
ところが、デフレや消費不況の今、こうした高級店から客足は遠のくばかりになり、一流店といえどどこもジリ貧なのが現状だ。
そこで同店は「立ち飲み」スタイルを取り入れた。
言うまでもなく、立ち飲みは座席が無い分、同じ店舗面積だとしても3倍以上は顧客を入れられる。一度の集客数が増え、同じディナータイムでも、3~4回転は可能になる。来客数が増えれば、客単価を下げても十分に利益をあげられるわけだ。
こうした薄利多売の“立ち飲み”モデルを採用することで、同店は「本格的なフレンチ(やイタリアン)をお値打ち価格で食べられる」という、これまでにない価値を顧客に提供できた、というわけだ。
しかし、いくら価格が安くても、質の低いお題目だけの「本格フレンチ」では、顧客の支持を得られない。実は同店が伸びている最大の理由は、もう一つある。
リーズナブルな立ち飲み店ながら、そこで腕をふるうのが、元『シェ松尾』『タイユバン・ロブション』といった有名高級レストランのスターシェフたちであることだ。2013年からスタートさせる『俺の割烹』『俺のやきとり』といった新業態でも、厨房に立つのはミシュランで星もとった割烹『福田屋』や老舗店『鳥繁』といった超一流の調理人である。
単に「安く・本格メニューが食べられる」だけでは、もはや顧客に来てもらえない。しかし一流店の料理人たちの料理をカジュアルに味わえることこそが『俺の』各店の強みであり、1日3~5回転もするほどの人気の真の理由というわけだ。
もっとも、プライド高い一流シェフたちが、立ち飲み店の厨房に立つなど、考えられない――と思う向きもあるかもしれない。実はココにも同店の鋭い見識眼がある。
実はその「プライドの高さ」こそ、同社が有名シェフを集める誘引となっているのだ。
かつてのように接待需要も減り、財布の紐が硬くなったデフレ下では、名だたる高級店も経営難の時を迎えている。そのため、高級店といえど、シェフたちは昨今「できるだけ原価を下げたメニューを」という命題を経営者からつきつけられている。
これがプライドの高い料理人には耐えられない。
「思い描いたメニューを、存分にお客様に提供したい」というモチベーションがあるためだ。こうした有名店のシェフたちに声をかけ「高級店なら20%程度だろうが、うちは好きなように材料費を使っていい」と提示。思う存分に腕を発揮できる場を求めて、シェフのリクルーティングに成功している、というわけだ。現に原価率は40~60%。格安ながらも高級店よりも質の高い食材を使うことができ、かつ十分に利益が出るという。
また同店で活躍しているのが「元・著名店のセカンドシェフ」なのもおもしろい。
同店を経営するバリュークリエイトの代表取締役坂本孝氏は言う。
「名店の二番手なら腕がいいのは間違いないが、どうしてもトップシェフのアシスタント的な役割を担わさている。『トップに立ち、自分の腕を存分に発揮したい』という欲求をより強くもった調理人が多いため、立ち飲みスタイルの格安店というチャレンジングなスタイルでも、乗ってきてくれる人が多いのです」
さらに各店を銀座周辺に数多く出店しているのは、仕入れなどの手間を効率化するのが狙いではない。元より、仕入れは各店バラバラ。狙いの一つは「お客様にハシゴしてもらえるような楽しさ」を提供してもらうためで、「シェフたちを競い合わせるため」でもあるという。
「そして店同士が磨き合うことで、さらにお客様には魅力的な店になる」(坂本氏)
外に内に、人の心理を巧みにとらえたビジネスモデルといえそうだ。実は坂本代表はかつて古本チェーンのブックオフをたちあげ「本がキレイか新しいかだけで査定する」「定価の1割までで買い、半額で売る」といった透明化したビジネスモデルで、旧態依然とした古書販売業界を揺るがした実績の持ち主だ。今度は硬直化しつつあった外食業界で、大きな嵐を巻き起こしているというわけだ。
「コモディティ化した」「もう終わっている」などと、多くの市場の飽和状態にため息をつく人は多い。しかし、あらためて従業員やお客様の声や心を丁寧にひもとけば、どんな厳しい市場でも、ブレイクスルーは隠れているのかもしれない。(カデナクリエイト/箱田高樹)
◆社長の繁盛トレンドデータ◆
『俺のフレンチ GINZA』
東京都中央区銀座8-7-9
TEL:03-6280-6435