競争の激しい市場で「独自性のある商品開発をものにせよ」と言われても、何をどうしたらいいのか、すぐに答えは見いだしにくいですよね。新しい技術の発掘も、強い素材の発見も、そんなに簡単にはいきませんから。
私は、先日、きわめて独自性のある、ひとつの商品に出逢いました。もう「こうきたか!」と膝をばんばんと打つほどに印象に残ったのですが…。
この商品、全く新しい技術とか、これまでに存在しなかった素材とかを使って完成したものでは決してないんです。でも、私は感激すらした。いったいどんな商品なのかといいますと…。
これです。手のひらに乗るような、ちいさいチーズケーキ。
なんだ、ただのチーズケーキか、と思われるかもしれませんが、もちろんそうではありません。商品の名は「パルミジャーノとペッパーのベイクドチーズケーキ」といいます。値段は418円です。用いるチーズにちょっと凝っているだけで、やっぱり驚くほどのものではない? いや、そんなことないんです。
このチーズケーキ、「ビールに合う」がキャッチコピーなんです。コーヒーでも紅茶でもなくて、ビールであると、わざわざ商品棚で強調しています。
どこで見つけたのか。香川県丸亀市の「チーズ店アレグリア」という、こぢんまりとした造りの一軒です。四国の仕事仲間が、ここに行ってみると楽しい、と教えてくれ、足を伸ばしたら、もうその言葉通りでした。
どうしてまたこんな謳い文句のチーズケーキをつくったのか、店主に尋ねたら…。
「私が食べたかったからつくったんです」とのことでした。ビールが好きな店主があるとき、ふと思った。ビールを飲みたいけれども、ちょっと甘いものも欲しい。でも、ビールと一緒に楽しむには、生クリームで飾ったようなケーキではうまく合いませんね。だったらと、パルミジャーノを使って、甘みは感じさせるけれども、ビールのコクや旨みにも寄り添ってくれるチーズケーキを完成させようと考えたそうです。なにせ、店主はチーズ屋さんですからね。
実際に購入して持ち帰り、食べてみました。もうこれは確かにビールと合わせるのが正解です。
パルミジャーノの持ち味(ちょっとクセがありますね)が生かされていて、胡椒がいい具合にアクセントとなっています。ほんのり甘くて、舌ざわりもなめらかなところは、もうまごうことなきチーズケーキなんです。でも、たとえばこれが前菜のひと皿にあしらわれていても全く違和感のない印象だし、食後に出されたとしてもまたすんなりといける感じ。摩訶不思議かつ間違いなくおいしい、といいますか、意外性を含めてすごぶる楽しい一品でした。
ネット通販も受け付けていて、このところは県外からの注文も舞い込み、いっときは品薄状態が続いたとも聞きます。
で、ここで思うわけです。この一片のチーズケーキから私たちが学べることはいくつもあるのではないか。
前述のように、アレグリアの店主は、「欲しいからつくった」わけですね。その意味で、これはまさにプロダクトアウト型の商品です。ここ20年間ほど、マーケットイン型(消費者のニーズを聞いて商品開発する)の商品開発こそが正解のようにいわれていますけれど、実は、真に強い光を放つ商品とは、つくり手自身のなかから着想を得て開発を進めたプロダクトアウト型のほうに多いのではないか、と私は思います。
なぜか。ほかならぬ消費者自身が「次に何が欲しいか」を明確に意識できていないのです。とするなら、たとえばグループインタビューを重ねたとしても、そこから答えを見いだせるとは限りません。むしろ、その見込みは薄いかもしれない。
だからこそ、つくり手の発想をいまいちど大事にして、その思いを世に問うほうが、実際のところ、ヒットの確率は高いのではないかと思います。そうやって完成した商品にはえてして驚きが伴いますからね。「こうきたか!」と消費者がびっくりするような…。そして、この驚きこそが消費者を動かすわけです。
店主に念のため確認しました。こんなチーズケーキって、海外などでは先例があるのですか。
「いえ、わかりません。何かを参考にしたわけではないので」
ああ、やっぱり完全なプロダクトアウト型であったのですね。
もうひとつは、いまそこにある素材を使って、全く新しい商品を完成させた、というところでしょう。チーズ店なのですから、もうそこにパルミジャーノはある。チーズケーキをつくる技術も道具もそこにある。ビールにぴたりと合うこのチーズケーキを開発するのに、新たな素材や設備を要したわけではなかったんですね。
ちいさいチーズケーキをビールとともに味わいながら、こんなことを考えた次第です。