ここ数年、私の仕事で多いのは、各地の自治体や地域産品の関係者から「この地の新たな食の名物を創出してほしい」というものです。
これがまた難しい。なぜか。私は「名物とは自然発生的に生まれるもの」と考えているからです。「名物をつくりたい」という切実な気持ちは理解できます。ただし、名物というのは第三者が何かの産品をそう評価してこそ名物たりえるわけであって、「名物を(みずからの手で)つくる」という考え方そのものに、正直なところ違和感があります。
たとえていうなら「有名人になりたい」というのと一緒なのですね。何かの仕事や個人的な活動を通して、結果的にその人が有名になるというのが実際の話であって、有名人という職業カテゴリーが存在するわけではありません。
だから、私が冒頭のような依頼を受けた際、最初にお伝えするのは「すでにそこにあるものをまず発掘しましょう」「それがもし叶わないなら、『誰がなんと言おうが、これがおいしい』と確信をもって断言できる味を、歯を食いしばってでも創出しましょう」という2点となります。小手先のマーケティングでは、ほぼ間違いなく消費者にそれを見透かされてしまうからです。
前置きが長くなりました。こうしたことを改めて考えたのは、先日、東北の山形で、それこそ自然発生的に名物に育った食を体験してきた経緯があったためです。
これです。「素朴な中華そば」といった味わいのラーメン。麺の上には、ナルト、玉子、メンマ、ワカメ、海苔、ネギ、そしてチャーシューが2枚。スープは飲み飽きしないおだやかな味わいで、肝心の麺もしっかりおいしい。
これが税込で495円です。ワンコインでお釣りが戻ってくる値段。お店の名前は「軽食ひまわり」といいます。山形市に本拠があり、同県を中心に69店舗(昨年時点)を展開するスーパーマーケットのヤマザワが運営しています。このスーパーの複数店舗に併設されているちいさなフードコートが、この「軽食ひまわり」であり、上の画像のラーメンは醤油味の「ひまわりラーメン」と名づけられています。
同社の役員に話を聞く機会があったのですが、ヤマザワの店舗に併設するフードコートはかつて外部委託だったらしい。それを直営にしたのは、同社グループがもともと中華麺をつくっていてスーパー各店舗で小売りしていたのが、理由のひとつだったそう。
旨いと評判を呼んでいた中華麺がすでにちゃんとあるのだから、それを活かすことでフードコートをみずからの手で構築できるのでは、という判断でした。さらにいえば、スープの素材や具材も、もともとが食品スーパーなわけですから、自前で調達できます。そうなれば当然、低コストで独自のラーメンを完成させることが可能になります。その結果の495円なのでしょう。
ただ、役員は申し訳なさそうに話してもいました。昨今の物価高により、以前は300円そこそこだった「ひまわりラーメン」が、現在は先にお伝えしたように495円となっています。本当ならもっと低廉に提供したいのだと…。それでも私には十分に安いと感じられました。ただ単にコスパがいいという話ではなくて、純粋においしいラーメンに仕上がっているからです。「いい普段着といったふうなラーメン」と表現したくなります。
いつしか、「軽食ひまわり」の「ひまわりラーメン」は、山形県民の日常を彩る食として定着しました。スーパーでの買い物ついでというお客だけでなく、年代を問わず、安くておいしいお昼ごはんを食べられる空間として愛されるようになったのですね。全国ネットの人気番組で取り上げられたり、あるいはSNSで県内外の人が投稿したりという動きもあって、スーパー併設のフードコートの安価なラーメンという位置づけを超えた存在にまで育っています。そうして、この「ひまわりラーメン」は、山形の隠れた(いや、すでに隠れていないか)名物のひとつに、まさに自然発生的なかたちで育ったというわけです。名物ってこうあるべきなのでは、と私などは思いますね。
山形市といえば、ほかの都市と「ラーメン消費額日本一」の座を毎年のように競っている地域です。総務省の家計調査によると、直近では山形市が2年連続で1位となっています。
今回取り上げた「ひまわりラーメン」は安価とはいえ、「軽食ひまわり」全店舗を合わせると月に1万5000杯が出ていると聞きますから、日本一の結果に少なからず貢献しているともいえますね。
最後に余談です。「軽食ひまわり」でラーメンを食べたあと、私はスーパーの店内をめぐって、中華麺売り場で、同社グループが製造販売する生麺の「ちぢれ太麺」を衝動買いしてしまいました。3玉入って200円ちょっとです。私の個人的な出張みやげ史上で最も安い商品となりましたが、家族にはとても好評でした。舌ざわりや喉越しがばつぐんの中華麺でしたから。
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