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故事成語に学ぶ(17)桃李もの言わず、下自ずから蹊(みち)を成す

指導者たる者かくあるべし

   悲運の英雄
 前漢の初期、文帝、景帝、武帝三代に仕えた李広(りこう)という武人がいた。辺境の将軍として北方の脅威であった匈奴に対処した。騎射の名人で、引き絞った弓から放たれた矢は、岩をも貫いたとされる。
 知将でもあり、常に敵の裏をかき、敵中に孤立しても慌てず少数の兵で強大な異族の軍を打ち破り続けた。匈奴は彼が戦場を駆けめぐるさまから「飛将軍」と呼んで恐れた。だが七十余回の出陣での戦功に応じた処遇を受けることはなかった。実直で剛毅、口数の少なさが影響したかもしれない。
 文帝は言った。「残念だな、時世にめぐり合わなかったのは。もしお前が初代の高祖(劉邦)の時代にぶつかっていたなら、大名にでもなれたものを」
 その連戦連勝の名将も晩年、総司令官から迂回路を取らされたことで部下ともども決戦に間に合わなかったことを責められることになる。李広は部下たちをかばった上で、「総司令官の指示に従っただけなのに、おめおめと役人どもの取り調べなど受けられるか」と、自ら首を掻き切って果てた。
 
 
 実直な人格を部下たちは見放さない
 李広は、生前、部下たちから慕われた。それは武の才だけではなかった。賞与を賜るとそのまま部下に分け与え、飲食を兵とともにした。戦場に出れば、水、食料が欠乏する砂漠では、兵たちが飲み、食べ終わるまで自らは決して口にしなかった。であればこそ兵たちは苦しくとも彼の命令に服従する。
 李広が生涯を閉じたとき、全軍はみな、声をあげて泣き、土地の老若男女も涙を流さぬものはなかった。
 であればこそ、ライバルたちは李広を讒言でおとしめて、亡き者にしようと策謀をめぐらしたのだ。
 
 
 命令を徹底させるにはまず我が身を正せ
 史記の編者の司馬遷は李広を評してこう書く。「古来、その人の身を処し方が正しければ命令を下さなくても行われ、正しくなければ命令しても服従しないという。まさに李将軍のことを言ったようなものだ」。
 そして締めくくりに言う。
 「桃や李(すもも)はものを言わないが、その下には自然と小道ができあがる(桃李もの言わず、下自ずから蹊を成す)」と。
 さて、この李広の孫にあの李陵(りりょう)がいる。匈奴との一戦で敗れて虜囚となった将軍である。彼の敗戦を弁護して自らの人生を暗転させた司馬遷は、憐れみとともに、深い尊敬の念をもって、「李将軍列伝」のエピソードを紡ぎだしている。
 〈部下の手柄は上司である自分の手柄、自分の失敗は部下の失敗〉。現代でもこんな茶番劇の悪根はあらゆる組織ではびこっている。李広と李陵の悲劇は男社会のどこにでも起きる。
 才ある者への男の嫉妬ほど怖いものはない。
 
 
  (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『世界文学大系5B 史記★★』小竹文夫・小竹武夫訳 筑摩書房
『中国古典選21 史記四』吉川幸次郎監修 朝日新聞社

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