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- 逆転の発想(14) 弱者が強者を破る鉄則(佃製作所とベトナム戦争)
物量よりも戦いの目的の明確化
テレビドラマ『下町ロケット』(原作・池井戸潤)の総集編再放送が始まったので、久しぶりに思わず見入った。架空の物語とはいえ、町工場から身を起こした中小企業が、資金力で重圧をかける大企業相手に知恵を絞り生き抜く筋書きはよくできている。三週連続の第一週では企業買収の危機に陥った佃製作所の社長が、逆転の決意を固めたのは、特許を持つバルブシステムへの自信と、最先端のロケットエンジンへの転用可能なその技術力を守ろうという「戦いの目的」の明確化と、社員たちへの浸透だった。
このストーリーを見ていて想いを重ね合わせたのは、大国相手に長期戦を戦い抜いて勝利した小国北ベトナムの指導者、ホー・チ・ミンのリーダーシップだ。彼には、「祖国独立」への強い決意があり、国民にそれを強く自覚させたことで、北爆、大量の武器・兵士の投入でベトナムを押さえ込もうとした米国を撤退させることに成功する。
戦いの長期化と厭戦気分
泥沼化した植民地独立戦争に手を焼いた宗主国フランスが撤退した後を引き継いだ米国にも戦争の大義はあり、目的は明確だった。「アジアの共産化阻止」がそれだった。ベトナム北半分を勢力下に置く北ベトナム指導部は社会主義を標榜し、自由陣営に属した南ベトナムへの解放軍事攻勢を強めていた。東西対立が進む世界情勢の中で、このままでは、ドミノ倒し的にアジア各地の共産化が進むという強い危機感であった。
1965年に北ベトナムへの爆撃を開始した米国は徐々に地上兵力を増強する。投入兵力は一時55万人に達する。
米軍の戦略は、徹底した消耗戦略だった。猛爆撃で北ベトナム軍の戦略物資の輸送を断ち、敵軍をあぶり出し、圧倒的な物量と火力で敵を正面からたたき、殲滅する作戦をとった。しかし、北ベトナム正規軍と南ベトナム解放戦線のジャングルを舞台にした抵抗は執拗だった。戦争が長引き双方の犠牲者が増えるにつれ、ベトナム農民たちの結束はより強固となり、「独立達成」という戦争の目的はより広く浸透していった。
これに反して、長期化で米兵の犠牲が増えるのに合わせて米軍の軍紀は緩み、無差別爆撃、農民虐殺などの負の報道が世界に伝えられ、米国内でも「共産化阻止」の戦争目的に疑問が広がり、反戦運動が燃え上がることになった。圧倒的物量での勝利は覚束なくなる。こうなると、厭戦気分が前線にも蔓延する。
中国古代の兵略書『孫子』でも、攻撃側の長期戦の愚、特に故国を離れての戦いの長期化を強く戒めている。
『下町ロケット』では、一部上場のナカシマ工業は佃製作所に理不尽な特許侵害訴訟を仕掛けて、銀行、投資ファンドに圧力をかけ資金繰りと取引先を締め付けて買収圧力をかける。訴訟が長引けば、弱小企業はもたない。社内から持ち上がる厭戦論・買収受諾の和解案をはねつけたのは、「技術を守れ、会社を守れ」の社長の決断だった。そこから逆訴訟の知恵が出て、事態を逆転する。
敵の長所を消して戦う
もう一つ、ベトナム戦争での勝敗を分けたのは、戦いの場の設定だ。一般的に戦いにおいては、攻める側が戦いの主導権を握る。ベトナムでも米軍は猛爆で敵の戦争資源を断ち、弱体化した敵をおびき出して正面戦で殲滅しようとした。しかし、ボー・グェン・ザップ将軍が指導する北ベトナム軍と解放戦線は、正面戦を徹底して避け、勝手知ったるジャングルにトンネル網を掘って拠点とし、神出鬼没のゲリラ戦を仕掛けて、米軍を翻弄する。
ジャングルのトンネルでは、米軍が誇る空爆も、正規正面戦もあり得ない。ベトナム側は、守る立場でありながら、「戦いの場」を自ら有利な土地に誘導した。そうして物量作戦という敵の長所を消し去ったのだ。
第二次世界大戦でも、ドイツ軍は空爆と、それに続く戦車機甲部隊の進撃、最後に歩兵が続く平原を舞台にした電撃作戦で欧州大陸を席巻した。独ソ戦では、これに対抗するソ連軍は、正面戦を避けてスターリングラードの市街地に敵をおびき寄せ、戦線を膠着させてドイツ軍の長所を消し、撃退している。
戦争話と、それに絡めてのテレビドラマの話で恐縮ではあるが、この二つのストーリーは、弱者が強者に仕掛けられた戦いをはねのけるための重要なヒントがあると思うので紹介した次第である。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『戦略の本質』野中郁次郎ら共著 日経ビジネス文庫
『知略の本質』戸部良一ら共著 日本経済新聞社
『アジア特電 1937-1985』ロベール・ギラン著 矢島翠訳 平凡社