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逆転の発想(13) 得意の時こそ小事にこだわれ(渋沢栄一・続々)

指導者たる者かくあるべし

 寒いから風邪を引くのではない
 世の中、あるいは人生は順境と逆境を繰り返す。振り返れば今世紀に入ってからの経済状況もITバブルの好況に希望を見出したかと思ったとたんにリーマンショックで奈落の底に落ちる。なんとかその傷も癒えたかというころに、このコロナウィルス騒ぎで塗炭の苦しみを味わうことになった。
 
 危機にあって、うまくその荒波を乗り切る者がいれば、難破してしまう者もいる。「あのときの判断は間違ってなかったが、ついてなかった」と、往々にして運・不運で片付けてしまいがちである。極端になると神仏だのみに走ることになる。
 
 明治、大正、昭和の経営指南役でもあった渋沢栄一に言わせれば、「順境、逆境は天のなせることのごとくして」あるのではなく、人がつくり出すものとしてある。「多くは、その人の勉強が足らず、智慧が足らぬところから逆境を招来し、逆に事物に考慮が深く、場合に適応したやり方をする人が順境に立つのは自然の理である」という。すべては、人の努力にかかっていて、「(人を離れて)この世の中には順境もなく、逆境もない」ことになる。渋沢は、こんなたとえを引いている。
 
〈体が虚弱な人がいる。そういう人こそ、風邪を引いたといっては寒さのせいにして、腹痛がするといっては陽気のせいにする。自分の体質の悪いことを口にしない。普段から体を強壮にしておけば、病魔に襲われることもない。平素の注意を怠るから自ら病気を招いている〉
 
 得意の時代の注意
 とはいえ、だれにでも得意の時代(順境)と、失意の時代(逆境)が繰り返し訪れるのは避けられない。「得意の時代こそ用心せよ」というのが渋沢のアドバイスだ。
 
物事が思い通りにならない失意の時代には小さなことにも注意を払い心を配るものだが、得意の時代となると、「なに、これしきのこと」と小さなことがらを軽侮して力任せにどんどん進んでしまう。
 
〈およそ人の禍いというものは、得意の時代に萌(きざ)すもので、得意の時は誰しも調子に乗るという傾向があるから、禍害はこの欠陥に食い入るのである。得意時代だからとて気を許さず、失意の時だからとて落胆しないように心がけよ〉
 
 小事と大事
 渋沢は、人生、経営を左右する「大事」への対処についても語る。
 
 〈立ち現れたことがらに対して、如何にすれば道理にかなうかをまず考え、そして国家社会の利益になるかを考え、さらに自己のためになるかを考える〉
 
 それが利益になるか(得失)、道理にあっているかどうか(倫理と公益)を考えて手を下すのが正しい判断方法だとする。
 
 当初、中国武漢市の局地的な問題だと思われた新型コロナウィルス感染問題は、今や世界的な大問題に発展し、その経済的影響は、収束の見通しも立たないでいる。読者諸氏は日々、企業の将来に関わる「大事」への判断を問われていることだろう。
 
 渋沢栄一が残した金言の断片を拾い集めてみると、こういうことになるだろうか。
 
 〈逆境の時代だからこそ、過去数年の順境の時代に無視してきた小事を今一度点検してみることだ。そこに事態を乗り切るヒントがある〉
 
 パニックに近い非常事態だからこそ、冷静で緻密な点検が必要だ。
 
 新型コロナウィルスのせいにしても何も事態は好転しない。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『論語と算盤』渋沢栄一著 角川ソフィア文庫
『渋沢百訓』渋沢栄一著 角川ソフィア文庫

 

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