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逆転の発想(35) 一戦の勝敗より俯瞰して天下の形勢を読む(織田信長)

指導者たる者かくあるべし

 手取川合戦の敗北
 戦国史上で最強の武将は誰か。ひいきによって答えは様々だろうが、合戦の勝敗データで言えば、上杉謙信に軍配が上がる。15歳での初陣後、生涯71戦して61勝2敗8分で勝率は九割近い。天下統一に肉薄した織田信長はというと、68戦して49勝に終わっている。
 
 その二人が生涯に一度、対戦している。1577年(天正5年)秋、現在の石川県白山市にある手取川での合戦だ。安土城にいた信長は出陣していないが、越前を押さえて北陸方面軍を任されていた柴田勝家をはじめ、羽柴(豊臣)秀吉を中国方面から外して投入、総勢三万の大軍で加賀から能登方面を目指して北上した。織田軍の総力戦である。
 
 謙信の攻勢で窮地に陥っている七尾城の救援が名目だったが、九頭竜川下流の手取川を越えたところで七尾城陥落の報を受けた織田軍は、退却を始めた。折から増水する手取川に阻まれて退却に難渋しているところへ待ち構えていた謙信率いる上杉軍が襲い掛かり、織田軍の多くが溺死した。織田軍の完敗である。
 
 越後に引き揚げた謙信は家臣に言った。「織田の軍は魔王の軍というが、大したことないな。あれしきで〈天下布武〉を言うなら、わしによる天下統一は容易、かもしれん」。初戦の手合わせの完勝で自信を深めている。
 
 強敵は利用してから滅ぼす
 信長と謙信の関係はこの年まで友好的だった。甲斐の武田信玄が将軍家、比叡山と組んで反信長包囲網を敷いてきた。信長は、信玄と対立する謙信、徳川家康との同盟で対抗する。
 
 そして武田信玄が極秘裏に病死すると、織田・上杉・徳川同盟は、信玄の遺児の武田勝頼を圧迫する。同盟の証として信長は、京都の絵師、狩野永徳が描いた洛中洛外図屏風を謙信に送る。現在まで国宝として伝わる名画である。ともに京(天下)を取ろうという暗示である。同盟関係は強固だと思われた。しかし政治の世界の一寸先は闇だ。共通の敵(信玄)がいなくなれば、やがて両者はぶつかることになる。どこの社会でも同じだ。
 
 手取川での敗戦でいったんは加賀、能登への勢力拡張が頓挫した信長だが、翌年、謙信は突然、49歳で病死してしまう。上杉家は後継争いで内乱に入る。この機を逃さず信長は北陸から越中、越前を攻略してしまう。「敵の敵は味方」戦略は一時的なもの、過去の関係は考慮の外、「隙あらば」間髪入れず攻め滅ぼす。信長流なのだ。
 
 目標を決めたら突き進む
 信長流の背景には、〈目標を決めたら突き進む〉と言う一貫した強い意志がある。将軍の権威を利用して上洛し、畿内を抑えたら将軍を追放し、天下の支配者として全国に号令をかける。そしてその通り貫いた。
 
 織田軍を破って「これなら、わしにも天下統一は容易い」と自信を深めた謙信だったが、詰めが甘い。手取川で勝ったあと、信長軍を一気に追うこともできたが、それを躊躇した。当時、信長は、畿内で支配力に陰りが出ていた。石山本願寺勢力との抗争は長引き、大和では、松永久秀が反旗を翻していた。追放された将軍・足利義昭は息を吹き返しつつあった。
 
 歴史に「もし」は禁句だが、もし謙信が安土まで信長軍を追っていたら、反信長の勢力が各地で決起し、その後の天下統一作業の主導権を握ることも可能だったかもしれない。
 
 謙信は、急死の直前、越後領内に大動員令をかけている。目的は、関東へ侵攻し北条氏と決戦を挑むことだった。天下取りの一貫した戦略とタイムスケジュールが謙信の晩年の行動からは見えない。
 
 いかに合戦上手であっても、一貫した意志と戦略が見えない。
 
 これでは天下は取れない。もって銘すべしである。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
※参考文献
『上杉謙信』井上鋭夫著 講談社学術文庫
『日本の歴史11 戦国大名』杉山博著  中公文庫
『信長公記』太田牛一著 中川太古訳 新人物文庫

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