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危機を乗り越える知恵(13) 天武の「謀反の兵法」

指導者たる者かくあるべし

 天皇・天智の死後に、その子で後継者の大友との決戦を決意し吉野を脱出した天智の弟、大海人(おおあま)は美濃への道を急ぐ。
 
 側近わずか30人を引き連れて、敵の監視の目を逃れての逃避行は、追いつめられて虎の尾を踏む危ない賭けにみえるが、計画は綿密に練られていた。
 
 決起の二日前、大海人は側近を美濃へ派遣し、美濃と近江を隔てる天険にある不破(ふわ)の関(関ヶ原)を兵で固めるように指示している。
 
 さらに吉野出立の前日には大津の宮に密使を出して、息子の高市(たけち)、大津(おおつ)の二人に挙兵を告げている。
 
 自ら天皇・天武として即位後に編纂した『日本書紀』では、「やむを得ず」の挙兵であったと強調しているが、それは「謀反」の汚名を避けるためであって、事実は事前に計算された「計画的犯行」だ。
 
 さて大海人は、吉野から美濃への決死行の途中、近江から脱出した高市、大津の二人の皇子と合流し、ただちに高市を総司令官として不破の関に向かわせる。
 
 伊勢、美濃では計画通り地元豪族が立ち上がり、鈴鹿、不破の両関の封鎖は完了した。
 
 外敵を畿内に入れないための古代の関所の役割を、大海人は逆手にとり、朝廷と軍事動員の拠点である東国との間の連絡を遮断した。
 
 さらに大海人は、大友方を追い込むに「二正面作戦」を取る。
 
 不破での正面戦に近江勢力が全力を注げば、軍勢の数ではかなわない。そこで、近江の背後の大和に決起を促し、敵の軍勢の二分を余儀なくさせることにした。
 
 大和の戦線が膠着し敵の軍勢が裂かれたのを確認して、不破の後方に陣取る大海人は、皇子・高市の軍に進撃を命じる。
 
 「一気に大津の宮へ攻め込め」
 
 「それ未だ戦わざるに廟算(びょうさん)して勝つ者は、算を得ること多ければなり」(勝つ者は戦う前に勝算があればこそ戦いを挑む)= 『孫子』計篇。
 
 まず立ち上がってから勝利を算段する謀反など成就しない。本能寺に織田信長を討った明智光秀のその後の運命を見るまでもない。
 
 琵琶湖東岸を南下し各地に朝廷軍を破った大海人軍は、大友を大津に追いつめ、大友は自害する。
 
 大海人が、吉野を出発して、ちょうどひと月後のことだった。
 
 あっけない勝利の裏に半年をかけた情勢分析と準備があった。    (この項、次週に続く)
 
 
 ※参考文献
   『日本書紀(五)』岩波文庫
  『壬申の乱』遠山美都男著 中公新書
   『清張通史5 壬申の乱』松本清張著 講談社文庫
   『日本の歴史2 古代国家の成立』直木孝次郎著 中公文庫
 
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  著者/宇惠一郎 ueichi@nifty.com 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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