menu

経営者のための最新情報

実務家・専門家
”声””文字”のコラムを毎週更新!

文字の大きさ

マネジメント

交渉力を備えよ(2) 「私」に報いるに「公」をもってせよ

指導者たる者かくあるべし

 旧幕府軍の陸軍総裁についた勝海舟は、前将軍の徳川慶喜のもとで事実上のトップの地位についたが、まずやるべきことは“新政府”との間で妥協の道を探ることだった。
 
 王政復古のクーデターを成功させて鳥羽伏見の戦いに幕府軍を破った新政府軍は、天皇・朝廷の権威を後ろ盾に錦の御旗を掲げて江戸に向かっていた。
 
 新政府軍の中核である薩摩と長州、とりわけ長州藩士たちは、一時は朝敵とされ長州征伐の軍を起こした幕府に対して恨み骨髄であった。江戸城を包囲、一戦を交えて徳川家を葬り去ろうと血気にはやっている。
 
 幕臣としての勝は当然、徳川家の温存を図らねばならないが、それより無益な内戦は何としても避けねばならないと考えていた。
 
 勝はまず慶喜に朝廷への恭順を説得する。幕閣、幕臣の中では徹底抗戦論も根強かった。幕府に軍事顧問団を送り込み新政府に否定的なフランスは、ロッシュ公使が箱根山での新政府軍迎え撃ちを主張していた。それまで幕府との間で約束を取り付けていた、ぼう大な利権を守るためであった。
 
 勝の考えは違った。新政府軍が江戸を目指しているのは多分に私憤によるもので、彼らが目指すのは私戦である。ここで幕府が「私」を捨て、新しい政体をともに目指す「公」の立場に立つことで、交渉を有利に進めることができると考えていた。
 
 このため勝は「私」に動くフランスを見限った。新政府側に影響力を持つイギリスの外交力を利用する。英国の外交官、アーネスト・サトウを秘かに邸に呼び入れ、幕府軍として戦う意志のないことを伝えた。
 
 イギリスは動いた。勝の誠意を通じて幕府の「公」の信義を信頼したのだ。
 
 イギリス公使のパークスは新政府側をなじった。「恭順の意を示すものに戦端を開くならば、諸外国は決してそれを見過ごさないだろう」。
 
 顧問格のイギリスの批判に衝撃を受けた新政府の中で、西郷隆盛はこうした動きをじっと黙考していた。「公」と「私」という勝の考えに、儒教倫理に通暁する西郷の心は反応したのである。勝の発したメッセージは、国の内外を越え当時の一流教養人の“共通語”だったのである。
 
 「勝の話をじっくりと聞いてみたいものだ」
 
 新政府軍は江戸へ迫っていた。3月6日、新政府は、15日を期して江戸城総攻撃を行うことを決した。時間は残されていなかった。 (この項、次回に続く)
 
 
 ※参考文献
 
『氷川清話』勝海舟談 江藤淳・松浦玲編 講談社学術文庫
『新訂 海舟座談』巌本善治篇 勝部真長注 岩波文庫
『勝海舟』松浦玲著 講談社学術文庫
『一外交官の見た明治維新(下)』アーネスト・サトウ著 坂田精一訳 岩波文庫
 
 
  ※当連載のご感想・ご意見はこちらへ↓
  著者/宇惠一郎 ueichi@nifty.com 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交渉力を備えよ(1) 勝海舟が選んだ交渉相手前のページ

交渉力を備えよ(3) 相手の要求を事前につかみ、意思を伝える次のページ

関連記事

  1. 交渉力を備えよ(23) 現実的選択の強さ

  2. 危機への対処術(33) 海軍の終戦工作(高木惣吉)

  3. ナンバー2の心得(18)先代の功臣

最新の経営コラム

  1. 第212回 税務調査にひるむな!

  2. 第182回 ラ・ビエール @群馬県みなかみ温泉 ~みなかみらしいきのこのピッツァと名物のプリン

  3. 第41回 中小企業におけるスカウト採用(中途採用)の考え方

ランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10

新着情報メール

日本経営合理化協会では経営コラムや教材の最新情報をいち早くお届けするメールマガジンを発信しております。ご希望の方は下記よりご登録下さい。

emailメールマガジン登録する

新着情報

  1. 健康

    第5号 「”わからない”は肝臓を傷める~脂肪肝のココロ~...
  2. キーワード

    第124回 3Dプリンタ
  3. キーワード

    第59回 リモート美術鑑賞
  4. ビジネス見聞録

    経営に役立つ「色」の世界〈空間編2〉「空間に色をどう使う?~社員が働きやすくなる...
  5. マネジメント

    第120回 『やるべきことを6つ書き出す』
keyboard_arrow_up