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時代の転換期を先取りする(7) ベトナム終戦(ニクソンの決断)

指導者たる者かくあるべし

 名誉ある撤退を目指す

 米国内外でベトナム反戦運動が吹き荒れる中で大統領に就任したリチャード・ニクソンにとって、ベトナム戦争の終結は政権の安定のためには最優先課題だった。しかしこの段階で3万1000人のアメリカンボーイズ(米兵)の犠牲を生んでいる戦いを敗北の形で終わらせるわけにはいかない。敗れて米軍をベトナムから引き揚げて、世界各地の同盟国に大きな不安と不信感を招くことになり、米国の国際的威信は地に落ちる。「名誉ある撤退」が求められた。

 ニクソンと補佐官であるヘンリー・キッシンジャーが考える落とし所は、北緯17度線で分断された、社会主義国の北ベトナムと自由主義圏の南ベトナムを共存させる。つまり、ベトナム戦争前の状態で国境を安定させるしかない。そのためには、ベトナム全土を社会主義国として統一することを目指す北ベトナムを、いかに交渉の場に引き出し、妥協させられるかにかかっていた。

 そのための米ソのデタント(核軍縮)であり米中接近のシナリオだった。ソ連、中国の力を借りてハノイ(北ベトナム政権)を終戦交渉路線に向かわせることができるという狙いだった。

 しかし、ハノイにすれば、ソ連、中国ともに米国との和解のために自分たちを売り渡すのではないかという不信感が強かった。

 ベトナム戦争のベトナム化

 ニクソンは就任早々、大胆な戦略を打ち出した。「ベトナム戦争のベトナム化」だ。51万人に上るベトナム駐留米兵を徐々に引き挙げて、南ベトナム政府軍に置き換える方策だった。

 就任半年後の1969年6月、ニクソンは、太平洋のミッドウェイ島で、南ベトナム大統領のグエン・バン・チューと会談し、25,000人の撤兵を表明した。翌月には、グアムで、「同盟諸国との防衛負担の分担を求める」とするグローバル規模のニクソン・ドクトリンを発表し肉付けしている。すべての地域的安全保障を米国が全面的に負担するのではなく、ソ連、中国との緊張緩和を通じて、新たな「多極的世界秩序」による安保管理を目指すものだった。米国が世界の警察官として振る舞ってきた戦後世界秩序の哲学的大転換だ。冷戦後の現在につながる外交基軸となっている。

 同年12月には、さらに5万人の撤兵計画を発表しハノイ政権の動きを探った。だが、ハノイのレ・デュアン政権は、「この動きは米国の弱さのあらわれで、軍事攻勢をかければ、この戦争は勝てる」と読んで、パリでの米国とベトナムとの秘密接触(キッシンジャーの忍者外交)でも、「和平交渉拒否、南ベトナムの完全解放・統一」の路線を譲らなかった。

 膠着する事態にニクソンは、1970年春に動く。4月20日、さらに15万人の撤兵を発表するとともに、30日には、北ベトナムの南への浸透拠点であり軍需物資補給路ともなっている隣国カンボジアへの侵攻を表明する。硬軟両様の揺さぶりでハノイに停戦への決断を促そうとした。

 歴史的終戦と汚名

 一方で、キッシンジャーは、秘密交渉でソ連を介して北ベトナム側に、究極の落とし所を匂わせるメッセージを送っている。「米軍が一方的に全面撤退してもいいが、南ベトナムへの攻撃までに、しかるべき期間を置いてほしい」と。米国が見捨てた印象を薄めるためだ。米国は、この時点で南ベトナム政府と同国軍を見限った。北ベトナムはこの提案を一貫して拒否した。

 ニクソンは中断していた北爆を強化し、力の行使に耐えきれなくなった北ベトナムとの間で、パリ終戦協定に合意(1973年1月)。「しかるべき時期」を置いた同年12月、北ベトナム軍はカンボジアと南ベトナム一帯で攻撃を始める。南ベトナム軍だけでは耐えられないのは目に見えている。1975年4月末、サイゴンが陥落した。

 この時、すでにニクソンは、ウオーターゲート事件の責任をとって辞任(1974年8月)している。

 ニクソンが打ち出した新外交基軸がベトナム戦争を終結に導いたが、同時に、ケネディ、ジョンソンという民主党政権が始め泥沼化させた戦争の米国史上初の敗北の汚名も着せられたのである。(この項終わり)

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『キッシンジャー秘録 5 パリ会談の成功』ヘンリー・キッシンジャー著、桃井真監修 小学館
『ニクソンとキッシンジャー』大嶽秀夫著 中公新書

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