5年に1度の中国共産党全国代表大会は党規約改正案を採択し、新しい中央委員会及び習近平氏を核心(別格の存在)とする7人の執行部メンバーを選出して幕を閉じた。これによって、2期目の習近平体制が正式に発足した。
名実ともに「習近平時代」がスタート
今回の党大会で採択された中国共産党規約には、習近平の名前を冠する「習近平の新時代の中国特色ある社会主義思想」が明記され、習氏は「毛沢東思想」や「鄧小平理論」に並ぶ権威確立に成功した。権威と権力の両方を持つため、名実ともに「習近平時代」がスタートした。
また選出された新しい執行部メンバー(政治局常務委員)7人には習に近い人物と見られる人が過半数を占め、組織構造から見ても習主席の権力基盤が一層強化される結果となった。今後、習近平カラーを持つ改革や政策が推進されやすくなるのは確かだ。
習主席は党大会で行った演説の中で、2020年に「小康社会」(ややゆとりがある社会)を達成した後、建国100周年にあたる2049年に「社会主義の現代化強国を実現する」と宣言し、「総合的な国力と競争力をもって国際社会をリードする」という野心的な長期展望も明確に示した。まさに中華民族の復興を実現するという「中国の夢」である。
ただし、志高くも道が険しい。習近平新体制の前にさまざまな課題と厳しい試練が待ち受けているからだ。
「ミンスキーの瞬間」をどう防ぐか?
習近平新体制が抱える諸課題のうち、喫緊の課題として「ミンスキーの瞬間」をどう防ぐかがあげられる。
「ミンスキーの瞬間」とは、経済危機の特徴を研究していた米経済学者ハイマン・ミンスキーの名にちなんでつけられた経済学用語で、長い繁栄と借金による投機を促す投資価値の増大の後にやって来る債務の悪循環や経済縮小の転機を言う。「ミンスキー・モーメント」とも呼ばれる。
中国中央銀行の周小川総裁は党大会開催中のある会議で、高度成長と繁栄が続く中国経済は「ミンスキーの瞬間に直面する恐れがある」と警告していた。
周総裁の警告は決して杞憂ではない。国際清算銀行(BIS)のデータによれば、2008年リーマンショック以降、金融機関を除く企業債務、家計債務に政府債務を加えた中国の債務残高が急増し、信用バブルが発生している。その債務額対GDP比は2009年に150%を超え、13年に200%を突破し、2016年12月末に257%に膨らんだ。27兆ドルに上る債務総額のうち、国有企業を中心とした企業債務は全体の6割超を占め、対GDP比は166%と主要国の中で突出して高い。
中国企業の過剰債務を早期に解消しなければ、経済成長の失速を引き起こし、金融危機を招きかねず、「ミンスキーの瞬間」がやってくるリスクが増大する。ムーディーズやS&Pグループなど国際格付け機関も今年に入って、相次いで中国の長期国債を格下げ、中国の債務問題に警鐘を鳴らしている。「ミンスキーの瞬間」をどう防ぐかは習近平新体制の手腕が問われる。
生産年齢人口の急減にどう対応するか?
2つ目の課題は生産年齢人口の急減にどう対処するかだ。中国では60歳定年制が敷かれているため、16歳から59歳までの人口は生産年齢人口とされる。その層の人口がいま急速に減少している。しかも、成長率が7%台に下落した2012年から減少が始まり、2011年に比べて345万人の減少を記録した。翌2013年は、約350万人も減少、2014年371万人減、2015年487万人減、2016年349万人減と、5年連続で大規模な減少が続く。この5年間の減少数を合計すると、なんと1902万人にのぼる。
生産年齢人口とは、いわゆる現役世代であり、生産・消費を支えているのはまさにこの世代である。彼らの人口が減少すれば当然、生産のみならず、消費に与える影響も大きい。中国の経済成長は2012年の第2四半期から7%台に低下し、2016年に6.7%と26年ぶりの低水準だった。経済の減速は生産年齢人口の減少と連動しているのは明らかだ。消えた人口ボーナスにどう対応するかが注目される。
「中所得国の罠」と「ツキジデスの罠」をどうクリアするか?
3つ目の課題は「中所得国の罠」及び「ツキジデスの罠」という2つの罠をどうクリアするかである。
2016年中国の1人当たりGDPは8,000ドルを超え、国連・世界銀行の基準によれば、高位中所得国( 4,126~12,746ドル)に分類される。今後、先進国(高所得国)の仲間入りを果たすか、それとも「中所得国の罠」に陥るか?習近平体制にとって、厳しい試練が待ち受ける。
「中所得国の罠」とは、自国経済が中所得国のレベルで停滞し、先進国(高所得国)入りがなかなかできない状況をいう。これは、新興国が低賃金の労働力等を原動力として経済成長し、中所得国の仲間入りを果たした後、自国の人件費の上昇や後発新興国の追い上げ、先進国の先端イノベーション(技術力等)の格差などによって、競争力を失い、経済成長が停滞する現象を指す。
これまで低所得国から中所得国になることができた国は多いが、高所得国の水準を達成できた国は比較的少ない。新興国の成功例は特に稀である。中所得国において、この罠を回避するには、規模の経済を実現すると共に産業の高度化が欠かせないが、そのために必要な技術の獲得や人材の育成、社会の変革(金融システムの整備や腐敗・汚職の根絶等)が進まないのが大きな課題となる。
世界銀行と北京大学の共同研究によれば、1950~2008年の58年間、13の中所得国(地域)は高所得国になった。この13カ国・地域のうち、8カ国は欧州の国または中東産油国で、残る5カ国・地域は日本とアジアNIESである。特に韓国と台湾が1990年代後半にかけて、この罠に陥り伸び悩んだが、その後、電機やITなどを核に産業を高度化し、高所得国入りを果たした。
成功例は僅かだが、失敗例が極端に多い。20世紀80年代中南米諸国の失敗、90年代東南アジア諸国の失敗、21世紀中東諸国の失敗など、「中所得国の罠」 という厚い壁の前に「死屍累々」と言える。
20世紀70年代、メキシコ、アルゼンチン、ブラジル、ベル、ベネゼラなど中南米諸国は既に中所得国の水準に達した。しかしその後、金融危機や経済危機が発生し、今も「中所得国の罠」を突破できず、先進国入りを果たせなかった。
80年代にマレーシア、タイ、フィリピン、インドネシアなどの国々は中所得国の水準に達したが、その後、アジア通貨危機に襲われ、先進国入りへの挑戦が挫折した。
21世紀に入ってから、チュニジア、イェーメン、リビア、シリア、エジプトなど中東・北アフリカ諸国は中所得国から高所得国へ移行しようとしていたが、その後「中東民主化運動」の混乱に陥ったため、いずれも失敗してしまった。今は先進国入りどころか、内戦またはテロに苦しんでいる。
中国は高齢化社会への突入、労働力人口の減少、製造業の設備過剰、腐敗・汚職の蔓延など構造的な問題を抱えるため、「中所得国の罠」をクリアすることはそう簡単ではない。
「中所得国の罠」よりさらに深刻な問題がある。それは米中2大国が「ツキジデスの罠」にはまるかどうかである。言い換えれば、米中対決は回避できるかどうかだ。
ツキジデスは古代ギリシャの歴史学者である。彼は新興都市国家アテナイと覇権都市国家スパルタとの間に起こったペロポンネソス戦争(紀元前431年―紀元前404年)を実証的に記述した「戦史」で知られている。「戦史」は国際政治の分野で必読書の1つと見られ、2400年経った今も読み継がれている。
ツキジデスは、台頭してきた新興国アテナイと当時の覇権国スパルタとの間の戦争を2つのキーワード、「台頭」と「脅威」によって説明している。台頭するアテナイは覇権国家スパルタにとっては大変な脅威でと見なされ、最終的には30年近くの戦争が勃発した。覇権国家が新興国家の「台頭」を見て「脅威」の余り戦争に走る。この戦争という落とし穴に陥る様子を、後世、「ツキジデスの罠」と呼ぶようになったと言われている。
わかりやすく説明すれば、「ツキジデスの罠」とは新興国家が勃興すると、覇権国家との間で覇権争いが起きるということだ。現在の国際情勢から見れば、ここでの「ツキジデスの罠」とは、アテネに当たるのが急速に台頭する中国、スパルタに当たるのが覇権国家から脱落しつつある米国ということだ。
「ツキジデスの罠」を浸透させ、世界的に注目されたのは、元米国防次官補、ハーバード大学ケネディスクール・ベルファーセンターのグレアム・アリソン所長の研究である。氏によると、16世紀以降、新興国が台頭し覇権国に挑戦した事例は15回あるが、11回のケースで戦争に突入した。例えば、ドイツの経済が英国のそれを追い抜いた時、1914年および1939年の2回とも戦争へ繋がり、第一次世界大戦と第二次世界大戦が勃発した。アリソン氏は、「米中はツキジデスの罠にはまりつつある」と警鐘を鳴らしている。
急速に台頭する中国。あらゆる手段を動員し覇権を死守する米国。この2つの超大国は「ツキジデスの罠」にはまるか、それとも米中衝突を回避できるか。習近平体制の対応は世界に注目される。