IMFに勤務する日本人エコノミストと話しをする機会があった。IMFは世界各国から職員を採用するのだが、当然とはいえ、現在は中国人枠が多くなっている由。日本人は「十分な語学力」「論理的思考」の欠如でなかなか採用がすすまないようだ。
私たち日本人はよく論理的思考に弱いといわれ、原因として様々理由が挙げられる。日本語の文章自体が論理的な組み立てにこだわらない、学校をはじめとする教育課程では充分な論理力が養われない、理屈っぽい人は敬遠される風土がある等など。また、日本人は気配りをしすぎるため論旨が絞れないとかである。そもそも私たち日本人には理由は色々考えられるが、論理的な話し方を苦手とする人が多いだけでなく、質問下手でもあるようだ。
私自身講演をするとき「どれだけ質問に時間をとりますか」と主催者に必ず聞く。5分とかせいぜい10分と言われることが多い。質問が出ないからということもあろう。かと云えば、全く関係のない事を長々としゃべりだす人がいてその処理に困るという事情もあるようだ。中には質問しているうちに次から次へと頭に浮かんでくる思いをそのまま言葉にしている感じで、何を訊きたいのかさっぱり解らず、こちらもどうしたものか答えに窮してしまう場合すらある。
質問する前にそれを文章にかいてみて欲しいくらいである?社内ミーティングでまず鍛えてもらいたい。というのも上司への質問すら「適当に言うからそっちで推し測ってよ」的な甘えが目立つからである。
OK WAVEというサイトをご存じの方は多いと思う。自分が知りたいことを質問し知っている人に答えてもらうというサイトである。世の中には親切な人、他人の役に立ちたい人が多いのだなと感心するのだが、時にいら立ちのこもった答えを目にする。例えば、私が注目している家計の分野でも、「どこを節約したらいいか」「どのようにしたら貯金ができるのか」、「いくら位貯めたらいいか」などの質問どれ一つとっても、学生なのか、年金暮らしなのか、年齢、職業の安定度や給料で当然のことながら答えは全く違ってくる。まず「自分の状況を説明せよ!」と指摘されて当然である。日本人は村社会のメンタリティを濃厚に残していると言われるが、赤の他人、それも社会的なバックグラウンドが違う人にも理解してもらえるような話し方の訓練が特に必要なのだ。
日本の教育システムは対話形式ではないので、質問力がつきにくい。また、他人の意見に正面きって異を唱えるのを「良し」としないからディベート力も養われない。せめて家庭で多少なりと訓練できないものだろうか。
親の話しに質問を促す、子供の発言に論理的矛盾があったらそれを指摘する。何事も白黒をはっきりさせるべきだ、と言っているのではない。自分の頭の中を整理し、それを表現できるような訓練が必要だと言っているのである。文章を書かせてみるのもよい。頭が整理されていなければ、一つの文章にいくつもの主語が存在してしまっていたりする。
経営者、リーダーとなる人には、皆に分かるように説明するスキルが絶対必要だし、特に海外の人と付き合う場合、論旨がはっきりしていないと意思疎通は上手くいきようがない。
また国際会議に出席する際はぜひとも発言を試みて欲しい。国際会議の運営のプロたちによれば、もっとも難しいことは「インド人の発言を途中でカットすることと、日本人に発言させることだ」そうだ。