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採用・法律

第68回 敷引特約と消費者契約法10条

中小企業の新たな法律リスク

 不動産賃貸業を営む山形社長が、友人の同業社長の相談を携えて賛多弁護士を訪れました。

* * *
山形社長:今回は、兵庫県でアパートの大家をしている友人のトラブルについて相談しに来ました。

賛多弁護士:ご友人の法律相談も歓迎しますよ。どうされましたか?

山形社長:実は、友人が借主さんとの間で保証金の返還をめぐってトラブルになってしまっているのです。

賛多弁護士:といいますと?

山形社長:これまで友人は、賃貸が終了して借主に保証金を返すときに、いわゆる敷引金として一定額を差し引いた残りを返していたようなのです。ところが、今回借主さんが敷引金なんて聞いたことがないと言って大層腹を立ててしまったようで、保証金を全額返さなければ訴えると言っているそうなんです。

賛多弁護士:敷引金は関東ではあまりなじみがないですが、北海道や関西の方の一部の地域等でしばしばみられますよね。

山形社長:そうなんです。そのかわり更新料がなかったりもして、不動産賃貸はわりと地域によって商慣習が異なるんですよね。それで、今回の敷引金はどうなるんでしょうか?借主に返さないといけないんでしょうか。

賛多弁護士: 借主さんがどのような理由で返せとおっしゃっているのでしょうか。そもそも敷引金について賃貸借契約書に定めていたのでしょうか。

山形社長:もちろんです。しかも、契約を結ぶにあたって仲介業者さんを介しており、敷引金を含めて、保証金関係については重要事項として契約締結の際に仲介業者さんから借主さんに説明しているはずです。契約書に敷引金についてきちんと定めているのに今更保証金を全額返せなんて認められるんですか。

賛多弁護士:借主さん側は契約書の敷引特約の存在を前提としつつも、その特約は消費者契約法10条により無効だと言ってくることが考えられます。そのため、山形社長のご友人としては、敷引金の特約が有効であると言う必要があります。

山形社長:消費者契約法というと事業者と消費者との間に適用される法令ですね。10条というのはどのような規定でしょうか。

賛多弁護士:はい。10条は、問題となる契約上の条項が、①民事法一般の規定に比べて、消費者の権利を制限し又は義務を加重するものであって、かつ、②信義則に反する場合は、当該条項を無効とするというものです。敷引特約は通常損耗等についての修繕費用を借主に負担させるものと考えられ、①民事法一般の規定に比して消費者の義務を加重するものということにはなるでしょう。

山形社長:信義則に反するかどうかという点はどのように判断するのですか。

賛多弁護士:一般論としては、通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等を踏まえて、敷引金の額が高額過ぎると評価される場合は、原則として信義則に反し無効であるとされます。ただし、例外的に賃料が他の近傍同種建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなどの事情がある場合には、信義則違反とはなりません。実際にあった例ですと、賃料9万6千円で保証金が40万円、他の一時金は無く、敷引金が18万円ないし34万円で2年弱で解約したときは21万円という事案では、信義則違反とはなりませんでした。他方で、賃料13万5千円で敷金(保証金)が80万円、敷引金は一律50万円という事案では信義則違反とされました。

山形社長:なるほど。そうすると、今回の友人のケースについても敷引特約の有効性は、賃料の額や敷引金の額等を聞いてみないと一概には判断できなさそうですね。でも、考え方の方向性は分かりましたので、友人に伝えてみます。

賛多弁護士:はい。万が一トラブルが解決しそうになかったら、いつでもお気軽にご相談くださって結構ですとお伝え下さい。

山形社長:分かりました、ありがとうございます。


* * *
 本文でも紹介しましたとおり、敷引特約においては原則として通常損耗等についての修繕費用を借主に負担させる趣旨を含むと理解されます。したがって、保証金から敷引金を差し引いた上、これとは別に通常損耗等についての修繕費をさらに差し引くことは認められません(「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)」第3章 事例4,28)。
なお、賃借人は、特約のない限り、通常損耗等については原状回復義務を負わず、その補修費用を負担する義務も負いません。そして、賃借人に通常損耗等についての原状回復義務が認められるのは、賃借人が負担することとなる通常損耗の範囲が賃貸借契約の条項自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(通常損耗補修特約)が明確に合意されていることが必要であると考えられています。

※参照資料 ・参考判例
最判平成23年3月24日(民集65巻2号903頁)
最判平成23年7月12日(裁判集民237号215頁)
最判平成17年12月16日(判時1921号61頁)
国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改定版)
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000021.html
消費者庁消費者制度課編「逐条解説 消費者契約法(第4版)」
法学教室414号118頁「敷引特約の性質と消費者契約法10条の解釈」

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 桑原 敦

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