生成AI開発のベンチャー企業の阿部社長は、個人投資家から開発資金を調達するにあたり賛多弁護士に相談に来られました。
* * *
阿部社長:当社の生成AIの開発は順調に進んでいるのですが、新たな機能を追加するため開発資金を調達することになりました。当社に興味を持つ複数の個人投資家から出資していただけることになったのですが、出資を受けるにはどうすればいいのですか。
賛多弁護士:いわゆるエンジェル投資家から資金調達を行うということですね。エンジェル投資家から特に要望ないのであれば普通株式を付与することはもちろん可能ですが、普通株式とは内容の異なる種類株式を設計発行することも可能です。種類株式の設計次第では、投資家の投資目的に応えつつも、貴社の意思決定機関、更なる資金調達の要請、将来の成長戦略(IPOやM&A)など、貴社の現状の経営方針を維持しつつ出資を受けることが可能となります。
阿部社長:なるほど、将来的にはIPOやM&Aによる売却も考えていますが、投資家には極力経営に関与してもらいたくはありません。これに関して今回の投資家らは経営への参画は希望されていないので助かります。
賛多弁護士:そうでれば、議決権制限株式といって、株主総会において議決権を行使できる事項を制限する内容の種類株式を発行できます。具体的には議決権を一切行使することができない議決権制限株式を発行することで、エンジェル投資家らの意思決定を排除して、経営株主だけで意思決定が可能となります。
阿部社長:それは助かります。それから今回の投資家はエンジェル投資家といえども、配当や将来IPOやM&Aの売却の際のキャピタルゲインの獲得を目的に出資されています。開発資金が必要であまり配当を出す余裕はありませんが、投資家の要請なので応えたいのですがどうしたらいいでしょうか。
賛多弁護士:剰余金の配当について異なる定めをする種類株式(剰余金配当に関する優先株式)を発行することで投資家の要請に応えることが可能です。例えば、優先株主には普通株主に先だち優先株式の払込金額の5%を優先的に配当するなどの定めを置くことによって、少ない配当原資でも出資者に優先的に配当を回すことが可能となります。また優先株主への配当後に普通株主へ配当する場合、優先株主がさらに配当に参加するかしないか(参加型/非参加型)や、ある事業年度において定款に定められた優先配当金全額の支払いが行われなかった場合に、不足分について翌期以降に累積して優先的に支払うのか、不足分を累積しないのか(累積型/非累積型)など設定できます。投資家にとっては累積型の方がメリットですが、創業時には資金が必要なので実際には配当が行われないケースが多く、累積型にすると発行会社にとって多額の未払配当金が累積してしまうリスクがあります。
阿部社長:なるほど。投資家に出資してもらえるような優先配当の内容を検討したいと思います。
賛多弁護士:残余財産分配についても異なる定めをする種類株式(剰余金配当に関する優先株式)を発行することができます。例えば、分配される残余財産のうち、優先株主には払込金額の1倍の金額が普通株主に先だち分配されるなどの定めを置くことが可能です。優先株主への残余財産の分配後に普通株主へ分配する場合にさらに優先株主が分配に参加するかしないか(参加型/非参加型)も設定できます。
阿部社長:残余財産の優先分配というのは、開発がうまくいかず会社を清算する際に優先的に分配を受けられるということですね。あまりこの条項を使うケースは想定したくはないですね。
賛多弁護士:たしかにそうですね。ただし、種類株式ではないのですが、定款や株主全員による株主間契約書にみなし清算条項の規定を設けることによって、貴社が消滅会社となる合併、貴社が完全子会社となる株式交換や株式移転となるような買収が行われた場合に、残余財産分配の優先権が与えられるよう設計することもできます。
阿部社長:投資家もM&Aによるエグジットを期待しているのでみなし清算条項を設けておくと、投資家から出資を募りやすいですね。
賛多弁護士:投資家のエグジットを図るという意味では、金銭を対価とする取得請求権付株式を設定することも考えられます。これは、例えば、あらかじめ設定した時期や発生事由が生じた場合に、投資家から発行会社に対して優先株式の取得を請求することができる権利を付与するものです。優先株式取得と引換に交付する金銭の対価もあらかじめ設定することが可能です。これを取得請求権付株式といいます。もっとも、投資家が取得請求権を行使できる時期や事由を限定しないと、発行会社に不利な時期に行使されてしまうと優先株式の対価として金銭を支払わざるを得なくなり大変です。株式上場の目標時期を過ぎた場合や、M&Aなどの会社の事業を第三者に移転させた場合などに限定しておく必要があります。
阿部社長:この取得請求権付株式はエグジットの見通しが立つので投資家にとってはかなり魅力的ですが、行使できる機会をよく考えて設定しないといけないですね。
賛多弁護士:また貴社はIPOを目指されているということですが、IPOの前には証券会社から優先株式を全て普通株式に転換することが求められます。優先株主が任意に転換しない場合に備えて、例えば株式上場時などの一定の事由の場合に、会社が優先株主に対して、優先株式を普通株式に転換する権利を付与することも可能です。これを取得条項付株式と言います。
阿部社長:はい。IPOを目指しているのでこの取得条項付株式は設計した方がよさそうです。
賛多弁護士:他にもいくつか種類株式はありますが、ベンチャーで用いられるのは今ご説明した内容が比較的多いと思います。
阿部社長:色々と検討して設計したいと思います。次に種類株式発行の手続きを教えてください。
賛多弁護士:はい。まずは種類株式の内容が固まったら、種類株式発行会社への定款を変更する必要があります。定款変更には株主総会の特別決議が必要です。そして募集株式の発行手続きを行います。具体的には、①株主総会の特別決議により募集事項の決定を行います。もしくは株主総会の特別決議で募集事項の決定を取締役会に委任することもできます。次に②募集株式を申し込もうとする者への通知を行い、その者から申し込みを受けます。さらに③募集株式の割当てを行い、申込者に割当ての通知を行います。④通知を受けた申込者は募集株式を引き受け、⑤払込期限までに出資の履行を行います。最後に⑥発行会社は変更登記を行って完了です。
阿部社長:行わなければならない手続きがたくさんありますね。
賛多弁護士:今回の調達で、投資家らが何株ずつ引き受けるかすでに決まっているのであれば、これらの投資家らと総数引受契約(投資契約)を締結することで上記②③の手続きを省略できます。
阿部社長:よくわかりました。早速検討を開始したいと思います。
* * *
今回はアーリーステージのベンチャー企業がエンジェル投資家から新株(種類株式)の発行による資金調達をする場面を取り上げました。投資家と発行会社では、発行会社を成長拡大させるという目的では一致しているものの、立場が異なるため利害が対立するケースが生じます。投資家といえどもエンジェル投資家とベンチャーキャピタルでは投資目的や要望が大きく異なります。またシード・アーリーステージで投資株価とIPO直前期での投資株価では価値が異なるため投資家間でも調整が必要となります。これらの利害関係を調整するために、発行会社では、株式の引受けに当たり、投資家との間で、あらかじめ種類株式の内容や投資条件を定めた総数引受契約ないし投資契約を交わすことが重要となります。また同時に、投資後の株主間の利害調整、会社経営に関する事項、情報開示に関する事項、投資家のエグジットに関する事項等を定めた株主間契約や、M&Aによるエグジットに関する取り決め(本文のみなし清算条項もこれに当たる)を定めた財産分配契約書を交わすことも検討する必要があります。
なお、投資契約等を作成するにあたり、経済産業省が取りまとめた「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」が参考になります。
参考:経済産業省「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 北口 建