「たかが虫歯くらい」
「歯周病って別に痛くもないし」
「少し歯垢がたまったくらいで死にはしない」
…などと安易に考えてはいけない。
口腔(口の中)の環境悪化は死に至る万病のもとである。
虫歯や歯周病は、直接的・間接的に、心臓病、脳卒中、脳梗塞、心筋梗塞、
肺炎、糖尿病、認知症、敗血症、皮膚炎、腎炎、リウマチ、骨粗鬆症といった
数々の不治の病、死に至る病の引き金と成り得るのだ。
健康長寿の秘訣は「口」にあり。口腔環境こそが寿命を決するのである。
◆口の中は肛門よりも汚い!
ヒトが食べ物を摂り入れる口の中は、栄養(食べカス)や水分も豊富で、
温度も37 ℃前後と細菌が増殖するには最適の環境である。
歯をよく磨く人で1000億~2000億個、あまり歯を磨かない人は4000億個~6000億個、
ほとんど磨かない人は1兆個もの細菌が棲み着いている。
口腔には300~700種類以上もの細菌が棲息しており、
歯を磨いたり、口をゆすいだりしないと、3時間ほどで爆発的に数を増やし、
約8時間で飽和状態に達する。
起床直後の口腔内の細菌の数は糞便1グラムの約10倍もあり、肛門の細菌数より多い。
つまり、口腔ケアを怠っている人の口の中は肛門より汚いのだ。
歯垢(プラーク)と呼ばれる、歯の表面や周囲に付着している黄白色を帯びた粘着性の物体は、
食べカスなどではなく、細菌の塊である。
このプラークには、1ミリグラム中に約10億個という驚くべき数の細菌がひしめいており、
その中の悪玉菌が虫歯や歯周病を引き起こすのだ。
しかも、日本人の実に約80%が歯周病を患っているのに放置しているのである。
◆「リタイア前にやるべきだった後悔トップ20」(健康編)の第1位とは?
経済誌「プレジデント」とgooリサーチによる、55歳~74歳の男女シニア1060人に対する調査
「リタイア前にやるべきだった後悔トップ20」(健康編)の第1位は、
「歯の定期健診を受ければよかった」である。
大学時代に財界の重鎮として活躍する大先輩に、
「社会に出る前にやっておくべきことは?」と尋ねたところ、
「歯に悪いところがあれば、卒業までにしっかり治しておけ」と言われ、その時は拍子抜けした。
しかし、サル山のボス猿も歯が悪くなるとすぐに地位を奪われる。
人間は義歯などで人為的にカバーできるので生きていられるが、
動物は歯をなくすと食べられなくなるので、即、死を意味するのだ。
しかし、人間とて、虫歯や歯周病によって、一度失った歯は元には戻らない。
歯を失う原因の1位は歯周病(42%)、2位が虫歯(33%)である。
日々、歯と口腔のケアを怠らないことが健康長寿の必須条件だ。
◆70歳になった時、自分の歯は何本残っているか?
ヒトはニホンザルと同じく上下足して32本の永久歯を持っている。
しかし、親知らず(第三大臼歯)は正常な位置に生えてくることが極めて少ないため、
抜いてしまう場合も多く、親知らずを除いた28本を永久歯の本数とすることもある。
2013年の日本人男性の平均寿命は前年を0.27歳上回り、初めて80歳を超えて、
世界4位の80.21歳となった。
女性は前年より0.2歳上がって、2年連続世界一で過去最高の86.61歳に達した。
日本人の平均寿命の長さは世界でもトップクラスだ。
それは、他の国々に比べて、医療技術が進み、
社会保険や介護保険の制度が比較的整っているからに他ならない。
しかし、歯の平均寿命は他の先進国と比べて決して長いとは言えない。
70歳では平均して上下合わせても10本前後しか歯が残っていない。
そこから、10年~15年も生きるのに、既に半分以上の歯が無くなってしまっているのだ。
言わば、上下の一方のアゴの歯がすべてないのと同じような状態である。
75歳以上の後期高齢者になると、3人に1人が総入れ歯になってしまう。
人によっては何十年も歯茎に着いた歯が一本もない状態で暮らさなければならない。
一方、日本人より虫歯や歯周病になりやすいと思われる甘いものや肉類などの
摂取量が多いにもかかわらず、同じ70歳でも、
スウェーデン人は20本、アメリカ人は17本、イギリス人は15本も歯が残っている。
多くの人は大人になってから40歳くらいまであまり歯を失わないので、
さほど気にせず、日々の歯と口腔のケアを怠ってしまうのだ。
その後、年齢とともに加速度的に失う歯の本数が増えて行く。
しかし、それでも、歯周病などによって歯が抜けた際には、
両隣の歯を削ってブリッジでつなぐことでしのげるため、まだあまり危機感を感じにくい。
さらに抜けた本数が増え、ブリッジをしようにも頼る隣の歯を失い、
入れ歯かインプラント(失われた歯根に代えてアゴ骨に埋め込む人工歯根)しか選択肢がなくなって
初めて、歯が無くなったことの重大さに気付く場合が多いのだ。
◆歯の本数は食べられる食材を限定してしまう
玄宗皇帝の寵愛を得て皇后に上り詰めた楊貴妃が、
「明眸皓歯」(めいぼうこうし)と例えられたように、
明るく澄んだ瞳と白く美しい歯は、古今東西を問わず、美女の代名詞である。
しかし、本来、歯とは色気より食い気を満たす摂食器官である。
人間にとって食とは、栄養の補給のみならず、人生の楽しみであり生きる活力の源だ。
歯があってこその食事であり、好物が自分の歯で食べられなくなるほどツライことはない。
しかし、歯の本数は食べられる食材を限定してしまう。
歯が抜けると、しっかりものが噛めなくなり、食べられるものの種類が減るのだ。
7本歯を入れ歯にしただけで噛む力は1割も落ち、総入れ歯だと7割以上も落ちると言われる。
18~28本の歯があれば、フランスパンやたくあんなど硬い食べ物でも食べられるが、
0~5本しか歯がないと、バナナやうどんなど軟らかいものしか食べられなくなってしまうのだ。
◆「8020運動」=80歳で20本の歯を残そう!
歯は、日頃から口腔ケアを怠らず、歯周病を防げば、一生使い続けることができる。
一生涯、自分の歯でおいしいものを食べる楽しみを味わうためには、日々の手入れ以外に方法はない。
1989年(平成元年)から、厚生省(現・厚生労働省)と日本歯科医師会では、
「8020(ハチマルニイマル)運動」を推進している。
つまり、「80歳になっても20本以上、自分の歯を保とう」という運動だ。
20本以上の 歯があれば、言葉の発音はもとより、食事の咀嚼(そしゃく=噛むこと)、
嚥下(えんげ=口の中の食物を胃に飲み込むこと)に、ほとんど困らず、
食生活もほぼ満足できると言われる。
歯は悪くなってから歯医者に行ったのでは遅い。
口腔環境を悪化させないよう、予防することが何より大切なのだ。
◆虫歯や歯周病が死に至る病の引き金となる
「歯がなくなっても死にはしない」などと甘く考えてはいけない。
口腔環境の悪化は死に至る万病のもとである。
虫歯や歯周病が進行すると、悪玉菌が簡単に血管まで入り込める侵入路ができてしまう。
歯髄には血管が通っているため、開いた傷口をバイ菌だらけの状態にさらすのと同じことになる。
口の中を清潔にする口腔ケアを怠ると、虫歯や歯周病を起こす口の中の悪玉菌が増殖し、
それらが血管に入り、血液に乗って全身に運ばれてさまざまな悪影響を及ぼすのだ。
近年、肺炎が日本人の死因の3位に上昇しているが、口の中の細菌が肺に入り込んで
肺炎の原因になることも珍しくない。
歯周病菌はプロテアーゼという酵素を吐き出し血漿を凝固させる。
その結果、血管を詰まらせ、動脈硬化を引き起こし、脳卒中や心筋梗塞の誘い水となる。
歯周病原菌が心臓弁膜への感染症となり、心臓病の原因となる。
歯周病の人は2.8倍も心臓病になりやすいというデータもある。
歯周病は恐ろしい糖尿病と合併症だ。歯周病のある人ほど血糖値が高く、
歯周病の重症度も糖尿病患者が高いことがわかっている。
その原因は、歯周病菌が体内に入ると免疫反応によってサイトカインという物質が生まれ、
血糖値を下げるインスリンの働きを弱めるからだと考えられている。
また、口腔内の細菌が脳に侵入すればアルツハイマー型認知症を引き起こす可能性もあり、
関節リウマチや早産などとも密接な関係が認められる。
虫歯や歯周病は、直接的・間接的に、心臓病、脳卒中、脳梗塞、心筋梗塞、
肺炎、糖尿病、認知症、敗血症、皮膚炎、腎炎、リウマチ、骨粗鬆症といった
数々の不治の病、死に至る病の引き金と成り得る。
日々の正しい歯磨き、うがい、定期的健診が歯を守り、命を守るのだ。
◆"かかりつけの歯医者"を持とう!~「Cure」から「Care」へ~
日本アンチエイジング歯科学会会長を務める、日本を代表する歯科医師である
松尾歯科医院(東京都目黒区)の松尾通院長は、
歯の「Cure」(治療)の前の「Care」(定期検診)の重要性を訴え続けている。
多くの日本人にとって、歯医者さんといえば、子どもの頃に虫歯になったら連れて行かれる怖い所
というイメージが植え付けられがちだ。
そのため、毎年、健康診断を受けている人でも、よほど痛くなるなど日常生活に支障を来さない限り、
歯科医院に行く人は少ない。
一方、日本より歯の寿命が長い欧米の国々では、
歯科医院とは、歯が痛くなってたまらず「Cure」(治療)に駆け込むところではなく、
日常的・定期的に「Care」(定期検診)に気軽に訪れるところだ。
前述したように、日本人は70歳になると、10本前後しか歯が残っていない。
ところが、
日本人より虫歯や歯周病になりやすいと思われる甘いものや肉類などの摂取量が多いにもかかわらず、
同じ70歳でも、スウェーデン人は20本、アメリカ人は17本、イギリス人は15本も歯が残っている。
70歳で定期的に歯科健診・クリーニングを受けている人の割合を国別に比較すると、
その差は歴然としている。
スウェーデンでは90%、アメリカでは80%、イギリスでは70%もの人が、
"予防"のために歯科医院で定期的に「Care」(定期検診)を受けているのに対し、
日本ではたった2%の人しか受けていない。
歯医者へは、「歯が痛くなってから」通う場所ではなく、「歯が痛くならないよう」に通うべきなのだ。
高齢になっても、自分の歯で食事を楽しみ、幸せな人生をまっとうするためには、
歯が悪くなってから治療するのではなく、2~3カ月に一度は歯垢除去など歯のケアが必要なのだ。
日本ではこれまで、歯科医療と言えば、削る・抜く・かぶせるといった外科的治療が中心だったが、
本来は内科的視点から健康管理をサポートする医療を提供する場なのである。
厚生労働科学研究(2010年)によれば、かかりつけの歯科医院のある人に比べて、
ない人は認知症のリスクが1.4倍になることがわかっている。
私たちが健やかに長生きできるかどうかは、歯の「Cure」(治療)の前の「Care」(定期検診)を受ける
「かかりつけの歯医者さん」を持てるかどうかにかかっていると言っても過言ではない。
◆「歯」の漢字=「歯の本数が減るのを止めよ!」という警告
江戸時代に本草学者(医学薬学者)として活躍した貝原益軒(1630年~1714年)は、
健康を維持するための注意事項をまとめた著書『養生訓』で、次のように述べている。
「人は歯をもって命とする故に、歯という文字を齢(よわい)とも読む」
人類の歴史が始まって以来、あるいは歯を持つ生き物の歴史が始まって以来、
残った歯の本数=齢であったに違いない。
「歯(し)を没す」とは、文字通り、生を終えるという意味だ。
また、「歯序」とは年齢の順、「歯徳」とは徳を備えた長上の人を指す。
英語でも、「I am long in the tooth.」とは、馬が年を取ると歯茎が縮んで歯が長く見えることから、
年を取ったという意味を持つ。
「歯」の元の漢字は「齒」である。
一目瞭然、開いた口の中に歯が並んでいる状態を表した象形文字から来ている。
これに読み方を示す「止」を組み合わせて、この字が作られた。
「止」は音を表す以外、本来、意味は持たないが、
「健康長寿でいたいならば、歯の本数が減るのを止めよ!」と警告をしてくれているのだとも解釈できる。
健康寿命をのばすためには、歯数年齢、口腔年齢を若く維持することが不可欠だ。
健康長寿の秘訣は「口」にあり。口腔環境こそが寿命を決するのである。
「歯が命」であることを肝に銘じ、「かかりつけの歯医者さん」を作って、80歳で20本の歯を目指そう!