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永続企業の知恵(6) 代を継ぐ(三菱四代)

指導者たる者かくあるべし

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 起業して会社発展の基礎を築いた経営者はだれでも、企業の将来を考えるならば、後継者問題で思い悩む。だれが適任か、そしてそのタイミングは。大株主のオーナーとしてガバナンスに徹して経営を職業経営者に任せるか? いやいや多くの場合、子供を含めて身内を後継に据えることを望むだろう。


 三菱の場合、創業者の岩崎弥太郎は、厳しい経営環境の中で病に倒れ、52歳で世を去った。後を継いだ弟、弥之助は海運業から身を起こした兄の遺産を引き継いだばかりでなく、海運関連の造船業、燃料、保険、金融に進出して多角化を推し進め、確固たる経営基盤を築いた。第二の創業者と言われる所以である。さてその弥之助、後継体制構築でも見事な判断を下している。


 弥之助は、三菱合資会社を設立して会社組織を整え経営多角化を軌道に乗せると、就任九年目の1893年(明治27年)社長の地位を、弥太郎の長男・久弥(ひさや)に譲った。弥之助まだ42歳、久弥は28歳の若さだった。


 もちろん、弥之助は1908年に死ぬまで三菱の経営に影響力を持ち続けたが、代替わりのタイミングを計り、影響力のあるうちに「岩崎家の三菱」を周囲に印象付けて代替わりを実行し、後継社長の実践教育の時間を設けた。徳川家康が二代目秀忠に早く将軍職を譲って大御所となり十五代にわたる永久政権を樹立したのと同じだ。


 久弥もまた、91歳まで生きるが、52歳で社長職を弥之助の長男・小弥太に譲っている。四代目・小弥太の時代に三菱は最盛期を迎える。

 

 

 次世代経営者を育てつつ

 ここまで原稿を書いていると、日本のリーディングカンパニーであるトヨタの14年ぶりトップ交代発表のニュースが飛び込んできた。創業家の豊田章男社長が会長に退き、エンジニア出身の佐藤恒治執行役員を4月1日付けで新社長に就任する。新社長は53歳、異例の世代交代抜擢人事だ。


 トヨタは3年連続で世界の自動車販売台数1位を達成し、盤石の経営状態に見える。しかし、自動車業界を取り巻く情勢は激動期に突入している。自動車のEVシフトで革命的な技術革新が求められている。トヨタがこだわり続ける水素自動車の将来もそろそろ見極めるべき時期にきている。この変革期にエンジニア出身の若い経営者の発想が不可欠だと見たのだろう。タイミングは今しかないと。


 豊田社長は、記者会見でこう語っている。

 「私は古い人間。私はどこまでいってもクルマ屋。クルマ屋を乗り越えられない。それが私の限界」


 ここまでの謙遜は、リーマンショックで落ち込んだ業績をV字回復させた自信の裏返しだろうが、本音は次の言葉にある。


 「トヨタの変革をさらに進めるには、自分が会長になり、新社長をサポートする形がいちばんよい」。岩崎弥之助の、徳川家康の思惑もこうだっただろう。
 苦労を重ねた経営者ほど、自分に対してうぬ惚れともいえる自信があるから、「わしが若いときには」が口癖で、後継者へのバトンタッチが遅れる。そのうちに時代の変革についていけず、気がついたときには手遅れとなる。

 

 

 引き継がれる企業理念

 三菱を創業家出身者として率いた経営者は四代目の岩崎小弥太で途絶える。終戦後、G H Qによる財閥解体で、持ち株会社の三菱商事に解散が命じられ、岩崎家は経営から引き離されたためだ。戦勝国によるゴリ押しとも言えるG H Qの解散指示に対して、小弥太は最後まで毅然と抵抗した。


 「三菱が国家社会に対する不信行為をした覚えはなく、また軍部官僚と結んで戦争を挑発したこともない。国民としてなすべき当然の義務に全力尽くしたのであって、顧みて恥ずべきところは何もない」


 その後、三菱商事は復活し、関連企業は緩やかなグループ企業群として日本経済に貢献している。今も三菱商事の役員会議室には、小弥太が創設時に説いた訓示を要約した「三菱三綱領」が掲げられている。


 「所期奉公」「処事光明」「立業貿易」 (国家、社会の公益を図り、不正な取引をせず、貿易に従事せよ)。時が移っても、創業家が築いた企業理念は脈々と生き続けている。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『岩崎弥太郎と三菱四代』河合敦著 幻冬社新書
『日本の15大財閥 現代企業のルーツをひもとく』菊地浩之著 平凡社新書
『財閥の時代』武田晴人著 角川ソフィア文庫

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