■善光寺からも徒歩圏内
長野市を代表する観光スポットといえば善光寺である。温泉めぐりで近くを訪れるたびに立ち寄る。私だけでなく、何度も参拝している人は少なくないだろう。
さまざまな土産屋や飲食店が軒を連ねる石畳の参道を散策するだけでも楽しいが、善光寺参りのクライマックスは、江戸時代中期を代表する仏教建築として国宝に指定されている本堂である。高さ約26メートル、奥行き約54メートル。近くから本堂を見上げると、その迫力にただただ圧倒される。
善光寺は、仏教がそれぞれの宗派に分かれる以前から存在する寺院である。だから、宗派に関係なく願い事が可能な寺院として知られる。どんな人でも、分け隔てなく救ってくれる。現代は宗教が原因で争いが起こるのが当たり前だが、本来、宗教とはこうあるべきなのかもしれない。いつも善光寺がたくさんの参拝客であふれ、愛されているのは、そのオープンな宗教的特徴が関係しているのかもしれない。
善光寺のほかに、毎回立ち寄る場所がもうひとつある。善光寺は長野市の中心部にあるので、温泉のイメージはないかもしれないが、善行寺から歩ける距離に温泉が湧いている。
■大きな露天風呂と濁り湯
善光寺から南西に2キロほど、参道の人ごみを抜けて、ずんずん細い通りを進む。20分ほど歩くと、裾花8すそばな)川沿いに大きなレンガ調の赤茶色の建物がドーンと姿をあらわす。裾花峡温泉「うるおい館」である。
日帰り入浴客がメインだが、宿泊施設も備えた大型温泉施設だ。実は、初めて訪れたとき、長野市街から近かったこともあり、温泉の質についてはまったく期待していなかった。だが、いい意味で予想を裏切られることになった。
男女別の大浴場は「白岩の湯」と「流泉の湯」に分かれており、曜日によって男女が入れ替わる。
「白岩の湯」の内湯には、大きな湯船やジェットバスなどが並ぶが、私が真っ先に向かったのは、自慢の大露天風呂。
50人は浸かれそうな岩風呂には、黄色がかった褐色の湯がなみなみと注がれている。湯船が広いにもかかわらず、源泉がかけ流しにされているのは立派のひと言。湧出量が多いのだろう。
しかも、湯の花もふわふわと舞っており、飲泉もできる。湯の花が舞い、飲泉ができるのは、温泉が新鮮である証拠。
温泉成分が濃い、パンチの効いた濁り湯で、数分肩まで浸かっていただけで、汗がボトボトと流れ落ちる。泉質は塩化物泉なので、保温効果も抜群だ。湯だけを見ると、まるで人里離れた秘湯にでも湧いていそうな雰囲気をもっている。
■もうひとつの「美人の湯」
露天風呂から見える景色は、長野市街から車で5分の距離とは思えないほど豪快だ。露天風呂の眼下には裾花峡の清流を望み、「白岩」と呼ばれる珍しい白い岩が間近に迫る。700万年ほど前、このあたりが海だった頃に起こった噴火の名残だという。絶景なり。
内湯の一部には、もうひとつ異なる源泉が注がれている。「保玉の湯」という名称で、こちらは透明の湯である。少し離れた場所からわざわざ運んできているそうだが、湯船の中には湯の花が見られる本格的な湯だ。
しかも、湯の感触がやわらかく、ツルツルスベスベになる。聞くと、「美人の湯」として評判のようである。露天風呂のパンチのきいた濁り湯よりも、こちらのしっとりした湯がタイプだという人もいるかもしれない。
うれしい誤算とはこういうことを言うのだろう。最初に訪れたとき、長野市内でこれほど良質の温泉にめぐり合えるとは思っていなかった。あまりに気持ちよくて、ついつい長風呂をしてしまい、乗車予定の新幹線に乗り遅れたのは懐かしい思い出だ。