■歴史に名を残す名湯
飛騨の山々に抱かれた下呂温泉は、有馬温泉(兵庫県)、草津温泉(群馬県)とともに、「日本三名泉」の一つに数えられる温泉地だ。江戸時代に活躍した儒学者・林羅山が漢詩集の中で下呂を「三名泉」と称賛したとされる。
さらに時代をさかのぼれば、室町時代の禅僧・歌人である万里集九が、詩文集『梅花無尽蔵』の中で、「本邦六十余州ごとに霊湯あり。その最たるものは、下野(注:上野の誤りか)の草津、津陽の有馬、飛州の湯島(下呂)、この三か所なり」と記している。古くから、霊験あらたかな効能が評判だったのだろう。
開湯は、1000年以上前の平安時代中頃。温泉街から数キロ離れた湯ヶ峰という山の頂上付近で発見されたという。1265年、山頂からの湧出は突然止まってしまったが、今の温泉街がある飛騨川の河原に湧出しているところを発見された。
現在、下呂温泉は、飛騨川沿いに大小40軒以上の宿が林立する、中部地方を代表する歓楽型の大温泉地である。私が訪れたときは週末だったこともあり、温泉街は多くの観光客でにぎわっていた。とくに若者の姿が多いのが特徴である。
■シンボル「噴泉池」
そんな温泉地のシンボル的存在が「噴泉池(ふんせんち)」。飛騨川の河川敷にある無料の足湯だ。老夫婦、若者グループ、一人旅の女性、家族連れ、外国人観光客など、老若男女を問わず、湯船のふちに腰をおろして足湯を楽しんでいる。
20人くらいが入れそうな大きな岩風呂は、開放感が半端ではない。温泉街やその背後にそびえる山々などを一望でき、川音が心地よいBGM となる。その開放感とロケーションは、足湯としては日本屈指だ。
実は、2010年まで噴泉池は混浴の共同露天風呂だった。かつての噴泉池を知らない人は、「えっ! こんなところで裸になるの?」と驚くだろう。
脱衣所や目隠しもなく、橋の上や旅館からも丸見え。そんな場所で裸の男女が入浴している光景は、温泉地の原風景ともいえた。
私が2009年に入浴したときには、観光客だけでなく、地元の常連さんも多く入浴しており、岩の上に寝転がったり、世間話に花を咲かせたりと、思い思いに時間を過ごしていた。牧歌的な雰囲気に心がほっこりしたものだ。
■肌触りのよい源泉
源泉は、透明のアルカリ性単純温泉。スベスベヌルヌルの肌触りが心地よい。湯口付近まで近づくとかすかに硫黄の甘い香りがする。温泉の個性が感じられるのはうれしい。
残念ながら、下呂温泉の湯は、個性を失っているケースが多い。温泉街には昔ながらの共同浴場も残るが、循環ろ過されており、本来の湯の個性を感じとることはできない。温泉宿も一部を除き、循環湯が多いのが現実だ。
実は、下呂温泉は湧出量の低下にともない、1974年から源泉の集中管理を行っている。いったん温泉をタンクに集めてから、各旅館や温泉施設に供給しているのである。源泉の集中管理は、かぎられた温泉資源を有効活用するという点でメリットは大きいが、かけ流しにできるほど湯量が豊富ではないことを物語ってもいる。そういう意味では、個性がはっきりと残っている噴泉池の湯は貴重であった。
しかし、噴泉池での入浴は、2010年から水着着用が義務化され、2021年からは足湯専用となった。マナー違反などさまざまな問題があったようだが、温泉地の原風景がひとつ失われてしまったのは悲しい。
それでも、足湯となった今は、誰もが気軽に下呂の湯を楽しめる人気スポットとなっている。温泉利用の仕方は時代とともに変わっていくものだ。ぜひ開放的な足湯で、歴史に名を残す名湯を堪能してほしい。