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第168話 岸田首相のアフリカ外交に「中国の壁」

中国経済の最新動向

 4月29日から5月5日まで、岸田首相はエジプト、ガーナ、ケニア、モザンビークなどアフリカ4ヶ国を歴訪した。今年日本外交の最大イベントG7サミット開催前に、わざわざアフリカまで遠く足を延ばした最大の理由は「中国けん制」と思われる。

 

しかし、首相は訪問先で中国を念頭に「法の支配に基づく国際秩序の堅持」という価値観外交を展開したが、訪問の成果は今一つだ。中国の巨大な影響力と存在感という厚い壁が横たわっているからだ。本稿は貿易や直接投資及び開発援助などの側面から、アフリカにおける日中の存在感と影響力を検証する。

 

アフリカの最大の課題は貧困脱却だ

 アフリカの国々にとって、最大の課題はほかでもなく貧困脱却だ。

 

 国際通貨基金(IMF)が公表したデータによると、内戦や飢饉によって荒廃したアフリカの国々は、世界で最も貧しい国であり続けている。

 

 IMFは年に2度、世界の国々の経済力に関する膨大なデータを公表し、1人あたりの購買力平価(PPP)ベースのGDP(国内総生産)によって、世界の国・地域をランク付けしている。アメリカの調査機関「ビジネス・インサイダー」はIMFのデータを基に、1人あたりGDP1000ドル以下の国々をまとめ、「世界で最も貧しい国ワースト28」(2018年)を発表した。それによれば、ワースト28のうち、25ヵ国がアメリカにある(表1を参照)。アフリカ全体54ヵ国を考えると、実はその約半分が最貧国に分類されている。

 

 従って、アフリカの国々にとって、最重要の課題は貧しさから脱却し豊かさを実現することである。貧困から脱却しない限り、法の支配とか自由や民主主義など日米欧が唱える価値観はアフリカ人の心に響かない。たとえその価値観をアフリカ人に押し付けようとしても成功しない。「アラブの春」(2011年)という中東・北アフリカの民主化運動の失敗は正にその典型的な実例だ。北アフリカにあるジュニジア、エジプト、イエメン、リビアでは民主化運動が悉く失敗し、イエメンとリビアは今も内戦状態が続いている。

出所)ビジネス・インサイダー・ジャパン2018年6月6日記事。

*はアフリカ以外の国。

 

 現在、アフリカでは日米欧の存在感や影響力が後退し、中国の影響力が増大している。その理由は2つある。1つは、中国は貧困脱却の優等生であり、貧しいアフリカの国々にとって中国の成功経験がモデル的な役割を果たしている。国連貿易開発会議(UNCTAD)の報告書によれば、2019年までの5年間、中国の貧困層減少人口数は年平均で1100万人を上回り、世界全体の貧困層減少への寄与度が70%を超える。2つ目は、中国は自由や民主主義など空虚なものを唱えるのではなく、貿易、投資、開発援助など目に見える形でアフリカ諸国の経済発展を助けている。

 

日本を圧倒する中国の対アフリカ貿易額

 まず、日本と中国の対アフリカ貿易額を比較して見よう。

 

 岸田首相が訪問したエジプト、ガーナ、ケニア、モザンビーク4ヶ国を例にすれば、中国対アフリカの貿易額が日本を圧倒する実態が浮き彫りになる。2022年、中国とエジプトの貿易額が181.9億ドルに上り、日本(13億ドル)の14倍となる。ガーナに対する貿易額は、中国102.7億ドル対日本7.7億ドルで13倍の格差がある。ケニアとモザンビークについては、中国がそれぞれ日本の約8倍(85.2億ドル対11億ドル)、17倍(46.3億ドル対2.7億ドル)に相当する(図1を参照)。

出所)中国と日本政府の貿易統計より。ガーナ、ケニア、モザンビーク3ヶ国に対する日本の貿易額は2021年のデータ。

 

 対アフリカ全体では、2022年に中国が2816.8億ドルで、日本249億ドルとの間に11倍の開きがある。

 

 対アフリカ貿易額の日中間の巨大な格差を目前にし、現地訪問した岸田首相も中国の影響力の大きさを痛感せざるを得ない。

 

対アフリカ投資残高は中国が急増、日本が激減

 ここ数年、日本の対アフリカ直接投資は激減する一方、中国が急増している。

 

 日本対アフリカ直接投資のピークは2013年。投資残高は120億ドルにのぼった。それ以降は減少に転じ、15年に90億ドル、19年61億ドル、20年に48億ドルと急速に減っている。7年で6割もアフリカから撤退した。

 

 日本の減少と対照的に、中国の対アフリカ直接投資は猛スピードで拡大している。2010年にその投資残高が130億ドルだったが、15年に350億ドル、20年に430億ドルに急増した。10年で3倍強も増やした。

 

 岸田首相が訪問したアフリカ4ヶ国の日中直接投資額を見よう。2020年に対エジプト直接投資額は中国が1億9000ドル、日本が7370万ドル。ガーナには中国が1億3000万ドル、日本が3710万ドル。

 

 ケニアとモザンビークにとって、最大の直接投資国はいずれも中国だ。2021年中国からケニアへの投資額が3.5億ドル、投資残高は25億ドルに達する。対モザンビーク直接投資残高が2020年時点で20.4億ドルにのぼる。一方、21年に日本の対ケニア直接投資が約600万ドル、対モザンビークについてはデータの記録が残っていない。

 

 直接投資は雇用を増やし経済成長に大きく影響する重要な指標である。対アフリカ直接投資の急増は、同地域における中国の存在感や影響力の拡大に直結する。一方、対アフリカ投資の激減は日本の存在感と影響力の低下につながる。

 

AU本部ビルを贈り物したのもエジプト新首都建設を請け負ったのも中国だ

 米ジョンズ・ホプキンス大学のデータによれば、2018年まで中国はアフリカに1330億ドルの資金援助を提供した。その後、中国はさらに600億ドルの追加支援を約束し、完全に履行すれば累計金額は1930億ドルにのぼる。一方、OECDデータによれば2022年まで日本はアフリカに対し、累計で174.7億ドルの政府間開発援助(ODA)を実施し、金額ベースでは中国とケタが違うと言わざるを得ない。

【写真説明】アフリカ連合(AU)本部ビル。(写真;新華社)

 

 1991年以降、アフリカ重視の具体策として、中国の外相は33年連続で必ず最初の訪問地をアフリカ諸国に選ぶ。エチオピアの首都アディスアベバにあるアフリカ連合本部(AU)ビル(20階建て、総工費2億ドル、2012年に完工)をプレゼントしたのも中国である。

 

 ケニアでは、総事業費38億ドル、全長472km、「ケニア版新幹線」と呼ばれるモンバサ―から首都ナイロビまでの高速鉄道(2017年開通)も中国輸出入銀行が融資し、中国交通建設集団(CCCC)が建設を請け負ったものである。

 

 さらに岸田首相のアフリカ訪問の最初の訪問地であるエジプト首都カイロでは、新首都開発プロジェクトが進んでいる。このプロジェクトは首都カイロの東側約50kmの砂漠地帯に、700万人が住むニューカイロを建設する壮大な都市計画である。広さ700平方キロ、総工費が450億ドルにのぼる新首都建設を丸ごと請け負っているのも中国の建設会社である。現在、新首都の中心部に立つ78階建て、高さ393mでアフリカ最高層ビルは完工に近づき、エジプト政府が進める首都移転も間もなく開始する。

 

 要するに、「中国けん制」を念頭にアフリカを訪問した岸田首相だが、至るところで中国の存在感と影響力を痛感している。日本の価値観外交は「中国の壁」にぶつかり、アフリカで中国にどう対抗するかが難題となっている。

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