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時代の転換期を先取りする(2) 米中接近(ニクソンとキッシンジャー)

指導者たる者かくあるべし

 ニクソンの逆転の発想

 1969年2月、大統領就任式を終えたばかりのリチャード・ニクソンから呼び出された国家安全保障担当補佐官のヘンリー・キッシンジャーは、大統領の言葉に耳を疑った。
 「毛沢東中国との和解の道を探りたい。必要なら北京に乗り込む覚悟はある。秘密裏に方策を探ってみてくれないか」。

 強硬な反共主義者として知られるニクソンの言である。当時、二人の間では、政権の優先的使命は有利な条件でのベトナム戦争終結だとの合意があった。もう一つの懸案は、欧州を舞台にしたソ連との間でのデタント(戦略核兵器削減交渉)をどう進展させるかにあった。

 当時の共和党内、さらに国務省内では、同じ社会主義国とはいえ、ソ連を相手の外交交渉はあり得ても、文化大革命を推進し反米で凝り固まった教条主義的な毛沢東との間での交渉は無理、というのが常識だった。
 しかし、ニクソンがキッシンジャーに明かした外交戦略は、その常識を覆すものだった。中国との間で和解が進めば、中ソの間に楔を打ち込むことができる。そうなれば、ソ連に外交的圧力をかけることができ、米ソのデタント交渉も弾みがつく。ベトナム戦争の終結にも光が見えるはずだ。逆転の発想だった。

 中国の最大の敵はソ連

 学者としてのキッシンジャーの専門分野は欧州安保であって、中国についての専門知識は乏しかった。キッシンジャーは中国外交の分析を進めることにした。そして、ソ連と中国が決して一枚岩でないことに気づく。1964年以来、7,000キロを超える長大な国境線をめぐり、両国の間では絶え間なく国境紛争が起きている。社会主義路線を巡っても毛沢東は、ソ連を「修正主義」として厳しく批判を繰り返している。

 そしてニクソンが就任してまもない3月2日、極東の国境線にあるウスリー川の中洲である珍宝島(ダマンスキー島)の帰属をめぐり中ソの間で武力衝突が起きる。抗争は同年9月まで続き、双方で126人が戦死し、対立は決定的となった。中国は、ソ連からの核攻撃を恐れるようになる。中国は、米国に加えてソ連と事を構えれば、米ソのはさみうちで体制維持も難しくなると危機感を持ち始めた。

 「もはや中国にとって最大の脅威は、朝鮮戦争(1950〜53年)で戦火を交えた米国ではなく、ソ連だ。和解を呼びかければ乗ってくるはずだ」。キッシンジャーは在外公館を通じて中国の本音を探りに入る。

 危機に求められるリーダー像

 ニクソンが大統領として常識にとらわれないグローバルな視点で大きな絵を描き、キッシンジャーが補佐官として極秘裏に細部を詰めて外交戦術を固めていく。理想的な“二人三脚”で、世界を驚かせる外交プロジェクトは進んでいく。
 5年余りにわたり、外交大統領ニクソンを最も間近で見てきたキッシンジャーは、ニクソンのリーダーとしての資質を、回想録で次のように評価している。

 「彼は戦術上の細目とか、政策形成までの審議に、こまかく口をはさんで最高司令官としての責任を果たしているようなふりをみせなかった。政策形成は、私の統括下の政府機関に委ねた。踏ん切りをつけるまでには遅疑逡巡した。時には気も狂わんばかりのこともあった。しかし、潮時をはかる勘にかけては抜群であった。決定的な瞬間を本能的に知っていた。そんな時の彼は断固として行動した」

 審議過程で、細目にまでくちばしを入れると、それで戦術が決まってしまい、「代案を徹底的に検討できなくなる」とキッシンジャーは警告している。
 その逆の誤りを犯すリーダーのなんと多いことか。決断もできず、それでいて方針の細部に関する決定過程にくちばしをはさむことでリーダーの面目を立てようとする。

 そういうリーダーのもとでは事は成就しない。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『キッシンジャー秘録 3北京へ飛ぶ』ヘンリー・キッシンジャー著、桃井真監修 小学館
『キッシンジャー回想録 中国(上、下)』ヘンリー・キッシンジャー著、塚越敏彦ら訳 岩波現代文庫
『ニクソンとキッシンジャー』大嶽秀夫著 中公新書

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