■温泉は火山活動の恵み
火山活動と温泉は切っても切れない関係にある。火山地帯には約1000℃の高温のマグマ溜まりがあり、それによって地中にしみ込んだ雨や雪が温められて、温泉として地表に湧出する。日本の温泉の多くが、こうした「火山性温泉」である。温泉は火山活動から与えられた天地の恵みでもあるのだ。
2011年に噴火した新燃岳のある霧島周辺も温泉に恵まれた土地だ。霧島連山の中腹に位置する霧島温泉郷は、20ほどの温泉群で構成されている。いたるところに地獄地帯が存在し、白い蒸気が立ち上っている。山全体が温泉でできているのではないか、と思うほどだ。
そもそも霧島といえば、神話の里としても有名。とくに連なる山のひとつ、高千穂峰は「天孫降臨」の舞台としても知られ、この地から日本の建国神話とその歴史がはじまったといわれる。
高千穂峰を背に建つ霧島神宮など、周囲にはパワースポットとして人気を集める名所も多い。古代の人々も、火山や温泉といった自然の圧倒的なパワーを目の当たりにして、この地に神秘的な何かを感じとっていたのではないだろうか。
■美しく、刺激的な白濁湯
霧島温泉郷のひとつ、新湯温泉「霧島新燃荘」は明治時代から湯治客の心身を癒してきた一軒宿である。新燃岳の噴火口とは目と鼻の先で、3キロしか離れていない。
山中にひっそりと佇む鄙びた木造の建物をはじめて目にしたとき、心がほっと和んだのを今も覚えている。どこか「懐かしさ」を感じる宿だ。一方で、宿の周囲は硫化水素ガスが発生する地獄地帯で、荒涼とした風景が広がる。車の中にいても硫黄の強烈な匂いが鼻をつくほどだ。
宿の名物である混浴の露天風呂に浸かった。30人以上は一緒に入れそうな開放感のある湯船だ。かけ流しにされている青みがかった白濁の湯は、まるで白色の絵の具を溶かしたかのよう。惚れ惚れするほどの美しさだ。
美しい見た目とはうらはらに、入浴感は刺激的だ。弱酸性のためだろうか、肌がチクチクとする感覚がある。これは火山の近くに湧く温泉でよく見られる特徴である。とても温まる湯なので、15分も浸かっているとのぼせてしまいそうになる。短時間で体の芯から温まるというのは、いい湯である証拠だ。
■天然温泉の川と湯壺
もうひとつ、霧島の温泉パワーを体感できる湯を訪ねた。「目の湯」という名の野湯である。巨大な観光ホテルが並び、霧島温泉郷の中心的存在である丸尾温泉に湧く。
「霧島最古の岩風呂」といわれる「目の湯」は、丸尾自然探勝路の中に自然湧出する、木立に囲まれた天然の露天風呂。探勝路に沿って、灰色に濁った温泉の川が流れているのだが、そのかたわらに小さな湯船がある。湯船といっても、ようやく一人入浴できるような小さな岩のくぼみだ。岩の間から透明の湯が湧き出し、そのまま湯船になっている。
ぬるすぎたり熱すぎたりして入浴できないときもあるようだが、筆者が訪ねたときは40℃くらいの適温。すぐにでも入浴したかったが、観光スポットでもあるので見物客も少なくない。ちょうど人の流れが途絶えたタイミングで、さっさと服を脱ぎ、湯船にちゃぷん。霧島の新緑、温泉の川といった大自然を眺めながらの湯浴みは最高である。
10分ほど湯を楽しんだ頃だろうか、駐車場のほうから若い女性の声が聞こえてきた。ここに天然の湯船が存在することを知らない人もいるだろう。得体の知れない男が全裸で岩のくぼみにはまっているのを見たら、不審者だと勘違いする恐れもある。
あわてて体をふいて服を着た。1分もかからなかったと思う。着替え終わった直後に、「目の湯」に向かってくる若いカップルの姿が見えた。何食わぬ顔をしてカップルとすれ違い、「目の湯」をあとにしたのだった。