menu

経営者のための最新情報

実務家・専門家
”声””文字”のコラムを毎週更新!

文字の大きさ

マネジメント

日本的組織管理(4) 人の評価はその部下に聞け

指導者たる者かくあるべし

 江戸時代の儒者、荻生徂徠は、執政(重役)の職分について、「使う人間の才知(才能)を見抜き、育成して、有能な人材を多く輩出することにある」と指摘している。では、どうやって才能を評価すればいいのだろうか。

 徂徠は、幕府の開祖、徳川家康の智恵を引用してこう言う。『政談』にある。

 「家康公は重い地位の役人を任命なさる際には、必ず下の者の評判を聞き、適任との評判のある者を必ず任命されたと聞いている」

 理由として、「下の者から慕われている者を重い役に任命すると、下の者がよく命令に従うからだ」という古人の話を附記している。

 しかし、家康公の智恵はそれだけではなく、もっと深い考えがあったのだ、と推察している。少し聞くことにしよう。

 「およそ人の善悪は、上の方から見えにくいものである。人というものはだれでも上の者の意向に従い、それに調子を合わせて、上の者に気に入られようとするのが人情の常であるから、その人の本心は隠れてしまって見えにくい。たとえ聖人・賢者のようなすぐれた主君であっても、上からは人の善悪は見えないのが理の当然である」。なるほど。

 「さらに悪知恵のはたらくものがあって、素直に上の者の考えに調子を合わせようとすると、軽薄に見えるし、また合わせたということが目につきやすいから、表面では調子を合わせないふりをしながら、実際には調子を合わせている者もいる。こういうのは格別な悪人である」

 われわれの身の回りにいる上司のだれそれが、具体的に思い浮かぶではないか。

 そんな上司こそ上の覚えもめでたく、出世の道を駆け上がる。組織の常である。

 そんな上司に使われる身としては、退勤後、会社からしかるべき距離の離れた酒場で、「あの“ごますり野郎”め!」と夜更けまでおだを上げることになる。上役には見えなくても、部下は的確に見ているのだ。

 「だれでも上の者には調子を合わせようとするが、下の者に向かって調子を合わせようとはしない。だから上へは知れにくくても、下へはよく知れるものである」と徂徠は喝破(かっぱ)する。そして徂徠はこの項目をこう結ぶ。

 「家康公は、学問する暇もなかったろうに、聖人の道に合致している点が多いのは、まことに不思議なことで、末代までの模範とすべきである」と。

 天下一の学識を自認する徂徠は、「学がない」と東照宮(家康)を貶(おとし)めておいて、最後に褒(ほ)めそやす。皮肉なことに徂徠も、幕府の御意見番として、ごますりは忘れないのである。

 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

参考文献

『政談』荻生徂徠著 辻達也校注 岩波文庫 
『荻生徂徠「政談」』尾藤正英抄訳 講談社学術文庫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本的組織管理(3) 重役の職分とたたずまい前のページ

日本的組織管理(5) 人材の見抜き方次のページ

関連記事

  1. 逆転の発想(47) 絶望という名の不運から希望ある将来へと導く強さを学ぶ(ウインストン・チャーチル)

  2. 情報を制するものが勝利を手にする(2)
    インテリジェンス(諜報)への投資をためらうな

  3. 挑戦の決断(34) 未知の感染症との戦い(スペイン風邪と旧内務省衛生局)

最新の経営コラム

  1. 第2回 心理的安全性が生む経営成果:意思決定スピードと市場対応力を高める方法

  2. 第1回 成長を加速する組織の条件とは? 経営者が今すぐ確認すべき10の質問

  3. AIの答えに埋もれないあなたらしさ──思いを伝える文章術5つのステップ

ランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10

新着情報メール

日本経営合理化協会では経営コラムや教材の最新情報をいち早くお届けするメールマガジンを発信しております。ご希望の方は下記よりご登録下さい。

emailメールマガジン登録する

新着情報

  1. 2025.04.04

    ピョートル・フェリクス・グジバチの『経営戦略の新常識』の連載がスタートしました!経営コラム「JMCAweb+」更新のお知らせ

  2. 2025.04.04

    【最新刊】平美都江氏「利益爆発の経営法則」音声講座(CD版・デジタル版)日本経済新聞4月4日朝刊 広告掲載のお知らせ

  3. 2025.04.01

    先月度 売れ筋人気ランキングの更新のお知らせ

  1. 経済・株式・資産

    第49話 中国現地人材をどう育てるか -THKの挑戦-
  2. 新技術・商品

    第19話 道を切り拓くマーケティング術
  3. マネジメント

    第九十五話 「人が変われば、未来が変わる」(ホスピタリティ&グローイング・ジャパ...
  4. コミュニケーション

    手紙やメールにさりげなく取り入れる「春の花の言葉」6選
  5. マネジメント

    第124回 『10:10を軸とした差別化』
keyboard_arrow_up
menu

経営者のための最新情報

実務家・専門家
”声””文字”のコラムを毎週更新!

文字の大きさ