ウェルビーイング経営に関するシリーズ三回目です。近年、さまざまなビジネス雑誌でもウェルビーイングという言葉が浸透し、経営における重要性も知られてきました。一方で、ウェルビーイング経営というと、なにやら、ぬるま湯風の会社づくりという単純なイメージを持つ人もまだいるようです。しかし、ウェルビーイング経営とは、社内をぬるい状態にすることを指すのではありません。むしろ、社内を活性化し、効率や生産性を高めるための強い経営戦略なのです。そして、ウェルビーイング経営と組織の活性化、効率や生産性アップの関係のカギは、「心理的安全性」にあります。
この「心理的安全性」という用語、日常化してきたとはいえ、その正確な意味を説明できる人は少ないかもしれません。今日は、改めて「心理的安全性」の意味や重要性、そして、心理的安全性がなぜ重要なのか、人間個人の心理と、集団心理(集団浅慮)という二つの心理学の観点から読み解いていく「心理的安全性シリーズの前編」です。
1 心理的安全性が高いと医療事故報告が増える
「心理的安全性」は、もともと、組織行動学の研究者であったハーバード大学のエイミー・エドモンドソン博士が1999年に提唱した心理学用語で、組織の中で自分の考えや気持ちを安心して発言できる状態のことです。エドモンドソンは博士課程の研究者だった頃、病院でのチームワークが、医療事故などのヒューマンエラー率にどう影響を及ぼすかを研究しました。その結果、より優れたチームワークを持つチームの方が、ヒューマンエラー率は高いというデータが出ました。
この結果は、当初は、意外なものとして受け止められました。しかし、その実態をさらに分析したところ、チームワークの高いチームでは、小さな事故も隠されることなく、すべてチーム内で報告共有されているため、その率が高く表れたということがわかりました。
当然ですが、人間にエラーはつきもので、大事なことは、それを隠すことなく共有し、次の改善策を練ることです。むしろ、病院内で起きた小さなミス、ヒヤリハット事例が担当者だけで処理され、報告されない状況が重なっていったらどうなるでしょう?自分が患者なら、そんな病院は危なっかしくて行きたくないと思うのではないでしょうか。
どんなチームにもヒューマンエラーは発生します。大事なことは、それを躊躇なく報告共有できるかどうかです。エドモンドソン教授の研究は、優れたチームほどメンバー全員がオープンに情報を共有し、成功例だけでなくエラーも報告しあっていることを明らかにしました。そして、あらゆるミスが共有されるからこそ、改善と成長を続けることができ、結果として、組織が成長して結果を出すことができるのです。エドモンドソンはこの現象を「チームの心理的安全性」と呼び、優れたチームの必須要素として、世界中に知られるパワーワードとなりました。
心理的安全性の発見の歴史に触れたところで、次に、人間が組織内で抱える個人的な不安心理について説明しましょう。