組織の活性化を実現するにあたって、「分散化」と「中央主権化」という相反する方向のどちらを選ぶべきかを考えてみたい。
私が社長を務めていたジョンソン・エンド・ジョンソン日本社には、分散化すれば創造性が生まれ、
創造性が高まれば生産性もアップするという、「分散化=生産性」といったコンセプトがある。
わかりやすくいうと、組織というのは、ある程度の規模になると、官僚主義的弊害がどうしても生まれてくる。
いわゆる「大企業病」といわれるものだ。それを防ぐために分散化しよう、分散化を進めようというもので、
ある部門の業績が伸びて規模が大きくなり、売上高も社員数も増えてきたときに、その部門を独立した
ひとつの事業部にしたり、ひとつの会社として独立させたりしている。
分散化のメリットとしては、
(1)規模が小さいからトップや上司は社員一人ひとりをしっかり把握できる
(2)社員数が少ないことから、教育も効果的・集中的にできる
(3)製品やサービス分野ごとに独立させることから、専門性が高まる
(4)小回りが可能で、顧客ニーズの把握や責任ある対処がしやすくなる
(5)責任を持って会社(事業部)を運営することが求められるため、
経営者をはじめとして管理職レベルの人材が育つ
といった点があげられる。
一方、中央集権化のメリットをあげれば、
(1)スケールメリットを求めやすい
(2)トップダウンが浸透しやすい
(3)総務・経理などのスタッフ部門の集約化が可能
ということになる。
分散化のメリットは中央集権化のメリットであり、
反対に、中央集権化のメリットは分散化のデメリットであるというように、裏表の関係である。
現況は、分散化を指向する企業が多いように見受けるし、私も基本的には分散化派に属する。
ただし、見かけのうえの分散や集権にとどまって、実質は従来通りということでは、全く意味がない。
権限委譲が適確になされなされているという条件がつくことはいうまでもない。
とはいえ、分散化と中央集権化のどちらのコンセプトを選択するかどうかは、
リーダーがどちらを信じて実施するかという決断の問題である。
これは、固定化して考えないことが肝心だ。
「君子豹変」というと、近頃では間違って悪い意味でとらえている人が多い。
しかし出展の『易経』には、「王者虎変(こへん)す、君子豹変す、小人革面 (かくめん)す」
(君子より上に位置する王者は、変化して見事な虎になることができるし、君子は豹になることができる。
それに対して小人は、顔を革(あか)らめるだけだ)とあり、
“君子は、たとえ間違っていても、その過ちをすぐに改めることができる”ということを本来は意味している。
組織論に限ったことではないが、リーダーたるや “分散化だ、いや、中央集権化だ” と固定して考えないことがポイントで、
先ずは何よりも、時代の変化にフィットする組織を作り上げることに全力を傾けたい。
その意味で、大いに「君子豹変」すべきと考えている
新 将命