※本コラムは2020年8月号「ビジネス見聞録」に掲載したものです。
日中貿易摩擦、新型コロナウィルスのパンデミックをはじめ、サプライチェーンの再構築を迫られる事態が続いています。いったいどのような方向で再構築を考えればいいのでしょうか。日本総合研究所 調査部 上席主任研究員の三浦有史さんにお話を伺いました。
●サプライチェーンとは何か
――新型コロナウィルスが広がり、経済活動が制限されるとともに、サプライチェーンの危機を訴える報道などが増えています。まずは、サプライチェーンとは何かから教えてください。
サプライは「供給」、チェーンは「鎖」。日本語では「供給網」、あるいは「供給のネットワーク」といいます。企業の立場を変えれば、部品調達のネットワークということになります。
このような言葉が出てきた理由は、国際貿易で取引されるモノの特徴が変わってきたからです。国際貿易の教科書に出てくる典型例はワインやチーズや毛織物といった製品で、いずれもすべての原料、すべての工程をひとつの国で行なっていることが前提です。
実際、昔は、製品とはそういうものでしたが、現在は違います。ワインですら、複数の国で作られたワインがブレンドされていたり、瓶やコルクなどが別の国でつくられたりしています。 工業製品であれば、さらに多様な国がかかわってきます。現在、国際取引されている製品の代表ともいえるパソコンやスマートフォンは、多くの場合、製品本体に中国製とかベトナム製などと書いてありますが、その中には世界中から調達された部品が入っています。
様々な国や地域でつくった多様な部品を中国やベトナムなどに集めて組み立て、世界に出荷しているのです。こうしたスタイルが一般的になりました。それにともなって貿易の姿も変わりました。たとえば中国は、スマートフォンの生産大国ですが、仮にスマートフォンを1000ドルで輸出したとしても、その中の中国がつけた付加価値は100ドルにも満たないでしょう。多くの部品は日本や韓国、台湾などから調達しているからです。
そうなると、貿易統計と、付加価値で見た貿易の姿は全く違ってきます。アカデミックな視点では、サプライチェーンをしっかり把握しておかなければ、国の競争力は見えてきません。一方、企業から見れば、どの国でどの部品をつくり、どこで組み立てたら1番コストが安くつくのかを考えることが、企業戦略に関わる重要な問題になってきました。
このように、様々な面からサプライチェーンが、重要課題と認識されるようになったのです。
●サプライチェーン・マネジメントの登場
――サプライチェーンを総合的に見直すことで、在庫量を減らしたり、リードタイムを短縮したりすることにつながりますが、サプライチェーン・マネジメントで重視するのは、専らリスクよりも効率やコストなのでしょうか?
そういう傾向はあります。サプライチェーン・マネジメントが盛んになったのは、1990年代から2010年代、リーマンショックの前までです。冷戦が終了して、世界貿易がものすごい勢いで拡大していった時期なので、リスクについては、それほど意識する必要はありませんでした。
加えて、通信費や輸送費が劇的に下がっていきました。通信費はインターネットの発達によって限りなくゼロに近づいていきました。輸送費についても、たとえば海上輸送費は、コンテナの普及、船の大型化、技術革新による運航コストの低下などによって、経済協力開発機構の調査では、1930年代のおよそ5分の1に下がったとされています。
つまり、オフショアリングという形で、海外に工場を展開するためのコストが非常に安くなったのです。そこで、企業は、どこで展開すればいいのかを常に模索し、実際に投資をしてきました。それが、今のサプライチェーンを形作ったといえるでしょう。
●ネットワークの拡充とリスク
――サプライチェーンのリスクを認識するようになったのは、いつ頃からなのでしょうか。
サプライチェーンのリスクについて、強く認識されるようになったのは、グローバルでいえば、米中貿易摩擦が顕在化してきた2018年、それに今回の新型コロナウィルスのパンデミックでしょう。
日本国内に限れば、東日本大震災の時に、自動車用のマイコンチップの製造を手掛けていた工場が被災して、自動車を製造できないという事態が発生しました。
この時に、たった一つの部品が足りないだけで製品をつくれなくなるサプライチェーンの問題がクローズアップされました。
リーマンショックのころまでは、チェーンは限りなく長くなり、また地理的に広まっていきました。さらに一次サプライヤーはそれぞれ二次サプライヤーから、二次サプライヤーは三次サプライヤーから調達するといった具合にネットワークは重層的になっていきました。
そうなると、最終のセットメーカーが一次サプライヤーしか把握していない場合、サプラチェーン全体のリスクマネジメントができません。毛細血管のように複雑になった供給網は、一本細い血管が切れただけで、全体が動かなくなるといったリスクがあります。
コスト削減のためサプライチェーンのネットワークを広げていくことは不可欠ですが、それに伴いチェーンが分断した場合のリスクも高まることに、みんなが気づき始めました。
●日本企業のサプライチェーン
――日本企業のサプライチェーンは、海外企業と比べると、進んでいるのでしょうか、遅れているのでしょうか?
わりと順調に発展してきました。もっとも中には、「日本の製造業は、昔の面影がなくなってしまった」と嘆く人もいます。量販店などにいけば、日本のテレビよりも、韓国製や中国製のテレビが相当数置いてあるからです。海外に行くと、そうした傾向はもっと顕著です。
スマートフォンにしても、日本市場では、日本メーカーが一定のシェアを確保していますが、グローバル市場でみれば日本メーカーはマイナープレイヤーです。
一方で、セラミックコンデンサーなど電気・電子製品の中で使う部品に関しては、まだまだ日本企業は強い。そうした部品を生産する企業は、グローバルに生産して、グローバルに供給するという体制をつくりあげています。これは、韓国、台湾、中国企業にはない強みだと思います。
ただし、今回の米中貿易摩擦とコロナによって、そうした企業もサプライチェーンの在り方を再考せざるを得なくなっていると思います。
●アジアやアセアンの企業を巻き込む
――コロナ騒ぎでは、マスクが足りなくなったりして、サプライチェーンの危うさをみんなが体験しましたが、これから日本はどうすべきなのでしょうか?
医療品のような国民生活に不可欠な一部の製品や部品などについては、政府は補助金を出すと言っているので、国内に戻ってくるかもしれませんが、日常競争にさらされている一般の企業にとっては、コストを抑え、いかに競争力を高めていくかという問題のほうが圧倒的に大きいでしょう。
グローバルなサプライチェーンが解消されることはないでしょう。 現状は、高すぎる中国依存をどのように解消していくかということが、大きな問題となっていますが、具体的にどのようなサプライチェーンをつくればいいのかという話はほとんどされません。「卵はひとつの籠にいれない」というのは、サプライチェーンのマネジメントの鉄則です。中国だけに工場を持っていったら、今回のウィルス騒ぎや、対日感情の悪化など不測の事態が起こった時に困ってしまうからです。
だから、それ以外の地域にも、同じようなネットワークを作っておけば、有事の際にはそこを使えばいいということになります。どこに構築すればいいのかについて、わが国企業に限らず多くの企業が考えていますが、人件費が安いベトナムに注目する企業が多いようです。
しかし、ベトナムにもうひとつ工場をつくれば問題が解決するわけではありません。ベトナムは、今回は、早期にコロナ対策を打ち、流行の抑え込みに成功しましたが、次回に同様のことが起こった時に、うまくいくとは限りません。ベトナムは中国と国境を接しているので、人の往来が激しく、本来は感染が広がるリスクが高いと考える必要があります。
また、ベトナムで中国と同等の量と質を担保できるネットワークがあるのかといえば、それは不可能だといわざるを得ません。それくらい中国のネットワークは大きいのです。中国に匹敵するサプラチェーンを構築するためには、タイ、インドネシア、マレーシアなどASEAN全体を視野に入れた取り組みが必要となりますが、一朝一夕にできるものではありません。
嫌中感情が高まっているトランプ政権下のアメリカでも、商工会議所の会頭が、そうした感情に従って中国をサプライチェーンから外していくと、アメリカ経済も大きな打撃を受けると、言っています。
安直に中国抜きのサプライチェーンを考えましょうというのは現実的ではありません。そもそもリスクゼロにすることは現段階では不可能ですから、リスクをどこまで下げられるのか、コストとの見合いで測っていくというのが現実的な解決法だと思います。
その時、重要になるのは、従来の取引先だけでサプライチェーンの再構築を考えると、選択肢が狭まるため、韓国、台湾、アセアンなどの企業を入れて考えることです。最も重要なのは中国企業です。というのも、中国企業自体が、米中貿易摩擦をひとつのきっかけに、プラスワンとしてベトナムに工場を持つなどサプライチェーンの再構築に取り組んでいるからです。
このような動きを見据えながら、ネットワークを築いていくことが、今後、日本企業に求められると思います。このような動きを見据えながら、ネットワークを築いていくことが、今後、日本企業に求められると思います。
●WITHコロナ時代のサプライチェーン
――新型コロナウィルスの流行は、私たちの働き方まで変えてしまいましたが、サプライチェーンにはどのような影響があるのでしょうか?
今回のコロナは、ワクチンや治療薬が開発されない限り、「終息」が来ることはなさそうです。会社、あるいは工場でコロナ対策が必要になってきて、どうしてもコストがかさみます。そうなると、できるだけ非接触で、人を使わない形の自動化・省力化投資が起きてくるでしょう。それを前提として、新たなサプライチェーンを考えなくてはいけないと思います。
サプライチェーンを構築するうえで「人件費が安い」ことの重要性が低下し、自動化・省力化のコストが重視されるようになると、皮肉なことに再び、中国が高く評価されることになるかもしれません。省力化・自動化をもっとも安価に実現できるのは中国になるからです。
たとえば、工場にセンサーやカメラなどをつけて自動化を進めるといった時に、中国企業には、それらの部品やシステムを安く供給する能力があります。もちろん、日本企業にもできますが、費用は高くなります。
また、中国政府は5Gのネットワークを重点的に整備していくと言っています。ご承知のように、5GのネットワークやIT関係の中国企業はグローバルに活躍しており、世界を見渡しても、中国に対抗できる国というのは、なかなか見つからない。
市場という点も中国は外せない存在です。世界経済を改めてみると、IMF(国際通貨基金)は先進国が軒並みマイナス成長に陥ると見込む一方、中国は1%のプラス成長を遂げるとみています。「脱中国」というのは簡単ですが、中国企業と中国市場なしのサプライチェーンは現実的にはなかなか成り立たないという認識を持つべきでしょう。こうしたジレンマを抱えるのは日本企業だけではありません。
中国、韓国、台湾、ASEAN諸国企業を巻き込んで中国依存度をどこまで下げられるかを考えていくという視点が必要です。(聞き手 カデナクリエイト竹内三保子)
三浦 有史氏(みうら ゆうじ)
日本総合研究所 調査部 上席主任研究員。1989年早稲田大学卒業後、日本貿易振興会入会。その後、さくら総合研究所、 日本総合研究所調査部環太平洋戦略研究センターを経て現職。著書に『不安定化する中国 成長の持続性を揺るがす格差の構造』(東洋経済新報社)などがある。