商品ジャーナリストの北村森です。流行情報誌の編集長を経て、独立し、今は「消費者がお金で買えるもの」すべてに目を凝らしながら、商品チェックや消費トレンド分析を続けています。
月に一度のコラムで、新製品やサービスを取り上げ、ヒットしそうな理由を挙げつつ、そこから何を学べそうかを検証していきたいと思っています。
第1回は……。
これは何かというと、チーズナイフです。岐阜県の関といえば、刃物の製造で古くから知られる地ですね。その関にある三星刃物が7月下旬に発売したばかりの「和 NAGOMI チーズナイフ」がこれ。
三星刃物 http://nagomi.mitsuboshi-cutlery.com
チーズナイフなんて、これまで散々登場していますが、私がこの製品に惹かれたのはまず、その謳い文句なんです。「硬いチーズも柔らかなチーズも、このナイフ1本で切れる」というもの。ありそうで実はなかったチーズナイフ、ということです。硬いチーズに合わせたナイフだと、柔らかなチーズの場合、中身を潰してしまうこともあるし、逆もまたうまくいかないケースが多いですから、それが本当なら、これはすごいという話になります。
販売価格は税別で8,000円。決して安いものではありません。ただ、ですね。デザインも相当にいい。チーズナイフはホームパーティ、あるいは家族同士の家呑みといった場面で、ダイニングの卓上に置いて使い物ですから、絵になるかどうか、というのも、ひとつの重要ポイントと言っていい。ハンドル部の木目が美しく、段差のない処理を施されているデザインは、確かに美しいし、実際、握り締めても、手にとても馴染む。さらに言うと、このチーズナイフ、いい按配に自立するんですね、刃の根元を支点にまっすぐに置ける。こういうところもいい。
では、謳い文句にたがわず、ちゃんと、硬いチーズも柔らかなチーズも切れるのか。やってみました。
東京都内の人気チーズ専門店で尋ねました。「この店で一番硬いのと、一番柔らかいのをください」。
硬いチーズは、パルミジャーノ・レジャーノの36ヶ月熟成もの。
チーズナイフの説明書によれば、硬いチーズは刃を水平に当てて切るように、とあります。で、その通りにやると……。
では、柔らかいほうは?エポワスを切ってみました。ウォッシュタイプのチーズとして知られる逸品ですね。でも、これ、かなり柔らかいチーズだけに、ややもすれば、チーズごとぐにゃりとさせてしまいそうです。でも……。
あっ。こちらも見事に切れました。刃先をチーズの先に刺して、そこから刃の弧を使うようにして下ろしていくのがコツですが、そんなに難しい話ではない。
そして、どちらの場合も、ナイフ側に、さほどチーズが残らない。これも大事な部分ですね。これまでのチーズナイフの場合、刃先に穴の空いたタイプが少なくありませんでしたが、この場合、チーズが穴にはまりがちだし、チーズの切り口もスマートではなくなります。そういうことが全くなかったのは美点でしょう。
私は思いましたね。「消費者がハナから諦めていたところに斬り込む商品」というのは、やはり強いなあ、ということ。チーズナイフとはこんなもの、と考えていたら、その上をはるかに行く商品が出てきたというわけです。それを可能にしたのは、刃のつけ方や形状であり、未来からやってきたような未知のテクノロジーでは必ずしもない、というところも痛快な話ですね。要するに、硬いのも柔らかいのもいけるチーズナイフを作ってしまおう、と思い立つかどうか。そこが分岐点でしょう。最初から、「そんなもの、ありえない」と片付けてしまわなかったところを評価したいのです。
それって、他の商品ジャンルでも、ありえる話ではないでしょうか。