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故事成語に学ぶ(9)薪(たきぎ)を積むが如し(上)

指導者たる者かくあるべし

思いのままにならない出世の道
 
 組織内である人物が取り上げられるかどうか、有り体にいうと出世の階段をのぼれるかどうかどうかは能力、実績だけでは決まらない。トップの好みもあり、時流というものにも左右される。司馬遷は『史記』の列伝のなかで漢の武帝に仕えた興味ある二人の能吏の個性あふれる生きざまを対比的に描いている。
 
 武帝の時代、漢帝国は北方の異民族・匈奴(きょうど)の脅威に対抗し、天下の四方に武力による拡張主義を取り始めた。それに合わせて政治イデオロギーも大転換を遂げる。古代の中国社会に伝統的な、「無為」をよしとする平和主義である「道家思想」から、組織秩序優先の「儒教」重視に移っていく。汲黯(きゅうあん)と鄭荘(ていそう)の二人は有能でありながら、旧思想に殉じて宮廷内の政治闘争に敗れて消えていく。
 
 
 
 皇帝に恐れず意見する汲黯
 
 皇太子時代から武帝に奉公した汲黯(きゅうあん)は、武帝即位とともに出世の階段を上る。彼は部下に対して細々とした指示はださず、規則にしばらず任せた。まさに道家の「無為」そのものだった。身辺はつねに清潔で蓄財などを嫌った。民衆の支持を得て地方の長として実績を上げ、武帝の側近の九卿(大臣)に名を連ねることになる。
 
 中央政治に関わるようになると、皇帝にも堂々と意見した。儒家の意見に沿って政策を進めようとする武帝に、「あなたは内心欲張りなくせに、表面だけ仁義を振りかざしても意味がない」と言い放った。皇帝が「汲黯(きゅうあん)の馬鹿め」と側近にこぼすから、臣下は彼を非難するようになる。黯(あん)は悪口の主に言い返した。
 
 「何のための補佐役なのか。主君におべっかを使って朝廷を穢すためにいるのか、ええ?」
 
 たしかに皇帝が儒家を重用するようになると、彼らは、皇帝の気に入ろうと法令をいじくり刑罰を重くし、褒められ、出世した。黯(あん)の直言は、外征にともなう重税と軍役で閉塞感に押しつぶされそうになる国民にとっては、胸のすくような侠気と見えた。しかし気がつくと、儒家だというだけでかつての部下たちは黯(あん)の地位を追い越し、宰相の地位にも就いた。パラダイムシフト(統治原則の変更)に敏感な順応派はいつの世でもどこの社会にもいる。
 先代の景帝の時代までは官吏には道家の書物の講読が義務付けられていたのであるが。
 
 
 
 こんな人事でいいのか
 
  黯(あん)は、意を決して皇帝にまみえる。そして厳しく意見を吐く。
 「陛下、あなたの群臣の用い方は、まるで薪を積むようなものです。(古いものは下積みで顧みられず)後から来たものが上でのさぼっています」
 これには、武帝は黙然として答えなかったが、黯(あん)が出ていくとつぶやいた。
 「人間は(儒教の)教養がないとどうしようもないな。あいつは日増しにひどくなる」
 〈人には、たとえ君主相手であれ、憤りを発する時には憤りを発する自由がある〉と書いた司馬遷のこと、汲黯(きゅうあん)の行動にはある種の共感がにじむのであるが、事態がこうなっては、権力闘争に敗れた下積みの薪の「負け犬の遠吠え」にしか聞こえない。
 武帝が取り立てた儒家の助言による漢王朝の拡大主義は、順調に進み、まもなく匈奴の王が部下を連れて投降してきた。
 数か月後、汲黯(きゅうあん)はささいな法令違反を問われて免職処分となり、田舎に隠居することになった。(この項、次回に続く)
 
 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『世界文学大系5B 史記★★』司馬遷著、小竹文夫・小竹武夫訳 筑摩書房
『中国古典選22 史記五』田中謙二・一海知義著 朝日新聞社
『中国古典名言事典』諸橋轍次著 講談社学術文庫

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