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人の心を取り込む術(13) 来るものは拒まず(渋沢栄一)

指導者たる者かくあるべし

人にはまず会う

 揺籃期の近代日本の実業界を率いて「日本の資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一は、「来るものは拒まず」の人生を貫いた。訪ねてきたものにはまず会う。そして虚心坦懐にその意見を聴き、また自らの意見を情熱こめて率直に伝えることで、自ら学びつつ多様な人々を惹きつけていった。倒幕運動家から幕臣へ、さらに維新政府官吏となり実業界に転身して成功を収めるまで、渋沢の生き方を支えた「人たらし」の奥義である。
 実業家としての渋沢は、日々多忙をきわめたが、自宅には早朝から多くの人が陳情に押しかけた。しかし、どれだけ忙しくても彼は、時間の許す限り人を門前払いにはしなかった。義務ではない。さまざまな人たちと会って意見交換するのを楽しんでいるようだったという。話しながら自分の考えをまとめ、また、知らなかった新たな知識を得る学びの場としていた。
 〈老年となく青年となく、勉強の心を失ってしまえば、その人は到底進歩するものではない。いかに多数でも時間の許す限り、たいていは面会することにしている〉
 そう『論語と算盤』で書き遺している。

「自利(利己)」を踏まえて「利他」を追求する

 渋沢は単なる事業家ではない。「企業は人と社会のためにある」という理想を実現するために次々と各分野の会社をつくり続けた。
 〈およそ目的には、理想が伴わねばならない。その理想を実現するのが人の務めである〉とする彼は、後半生、貧者救済の慈善事業にも邁進する。企業家たちに広く寄付を求めた。もちろん自ら率先して企業収益を吐き出すことで範を示した。
 『論語』を終生愛したが、思想に溺れたわけではない。高い道徳を求めるだけの求道者としての儒者ではなく、同じ儒者でも「知行合一」を追求する陽明学の実践者なのだ。
 彼は人と会うことで貪欲に知を求めた。しかし、こう言う。
 〈ただ知ったばかりでは興味がない。好む(楽しむ)ようになりさえすれば、道に向かって進む〉
 〈一人の楽しみは、決してその人限りに止まらず、必ず広く他に及ぶ〉
 企業活動というのはもちろん第一に利益の追求がある。損を覚悟の経営などありえない。しかし、資本は善悪を超えて自己増殖する。経営者が自らの蓄財に向けてのみ活動したのでは企業とは言えない、と渋沢は考える。そして「社会の利益を生み出す企業像」を求めて実践する。その理想(楽しみ)を実現して見せれば、その理想の企業像は社会に遍く広がると渋沢は考えている。
 仏教的に言えば、「自利(利己)」を認めた上で、その先に「利他」の理想を追った。

嫌いな人も生かす

 そんな渋沢が終生のライバルだった三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎と激突したことがある。明治13年(1980年)ごろのこと。東京向島で飲んでいた二人の間で理想の企業論になった。「企業にとってもっとも必要なものは何だ」と岩崎。「人材だ」と答える渋沢に、「何もわかっちゃおらんな。大事なのは資本だ、金だよ。君が考えておる合本(株式会社)主義など甘い。企業は経営者の独裁主義でいいんだ。投資者の顔色などうかがっていて経営などできん」と酔った岩崎が絡み、渋沢は、「あんた一人が金を儲けるために会社があるわけじゃない」と席を立った。有名な向島の決闘のエピソードだ。
 〈他人を押し倒してひとり利益を獲得するのと、他人をも利して、ともにその利益を獲得するといずれを優れりとするや〉(『渋沢栄一訓言集』)
 目指すところが違った。しかし一年後、二人は共同で日本初の保険会社である「東京海上保険会社」を設立している。
 利殖のためなら投資する岩崎と、船舶保険の理想のために不倶戴天の企業家、岩崎の資本を拒まず受け入れる渋沢と。
 あなたはどちらを「優れり」と判定するだろうか。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『論語と算盤』渋沢栄一著 角川ソフィア文庫
『渋沢栄一』今井博昭著 幻冬社新書

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