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- 故事成語に学ぶ(27)小利を顧みるは、すなわち大利の残
リーダーが陥る十の過ち
中国古代の思想書『韓非子(かんぴし)』に書きとめられた故事と教訓話は、どこを取り上げて読んでも、面白い。だからこそ、わが国でも、戦国時代の武将たちから幕末まで、リーダー必読の書として読みつがれてきた。韓非が逐一例示した逸話が興味深いから記憶に残るのだ。
表題の故事は、君主たちが陥りがりな十の過ち(十過)の二番目に挙げられている。
「残」とは、やり損なうこと。小さな利益に目がくらんでいると大きな利益を損なうという意味だ。
「そんな当たり前のこと」とだれもが思うであろう。それでも多くのリーダーたちが過ちを繰り返してきた。だからあえて韓非は書き、注意を促す。そこに挙げてある逸話とは。
宝石と名馬にこだわる愚
昔、晋(しん)国の献公は、虢(かく)の国を攻めることにした。その手前にある虞(ぐ)の国に進軍の道を借りることになった。さてどう切り出したものかと思い悩んでいると、参謀が具申した。「殿がお持ちの、この世に二つと無い玉と、名馬四頭を虞公に贈ればよろしいかと」。聞いて献公は拒否する。「どちらも大切な宝物じゃ。もし相手が宝だけ受け取って道を貸さなかったらどうする」。
参謀は言う。「相手に道を貸すつもりがなければ、高価な贈り物はかえって負担になるとして受け取らないでしょうし、玉と馬を受けっとって道を貸したなら、殿は、それらを一時、蔵から出しただけとお考えになればいいのです」。わかったと言いながらも、献公は惜しくてたまらない。
贈り物攻勢に心が揺らぐ弱さ
さて、虞の国では。光り輝く玉と比類なき名馬を見た虞公が、どうしてもそれが欲しくなった。しかし忠臣が諌める。「道を貸せば、虢(かく)は討ち滅ぼされるでしょう。その先は明白なこと。晋は必ず次に我が国を攻め取ろうとするでしょう」。虞公は目の前の欲に勝てず、諫言は聞き入れられなかった。
晋は、この遠征を成功させて虢(かく)を滅ぼした。虞公への感謝など言葉だけのこと。三年後、献公は晋軍を挙げて虞に勝った。虞公に渡った玉と四頭の名馬は献公の手に無傷で戻った。参謀の言うように、「一時蔵から出しただけ」の結果となった。
「小さな利益に目がくらんではいけない」という教訓ととるか、あるいは、「どうせ取り返せるなら、贈り物(取引条件)は、相手の目をくらませるほどのものを惜しまず準備すべきだ」と贈答側の教訓ととるか、どちらでもご随意に。
「大利を前に小利を追うな」ーだれもが「そんな当たり前のこと、故事以前」と考えるだろう。だがしかし、経済ニュースを見れば、企業提携の条件闘争で、こんな悲喜劇はごろごろ転がっているではないか。
そんな愚かなことはしませんよ、と鼻で笑っている場合ではない。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『韓非子 1』金谷治訳注 岩波文庫