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逆転の発想(45) 危機回避のために敵艦隊を歓迎する(日本海軍の決断)

指導者たる者かくあるべし

 膨らむ米海軍と日米危機
 1901年に米国大統領に就任したセオドア・ルーズベルトは、世界の海洋覇権の確立のために大胆な策を取り始めた。
 
 ひとつ目は、米国にとっては「目の前の海」である大西洋カリブ海と、太平洋を結ぶパナマ運河の掘削だった。物流のためには、パナマ地峡に鉄道を敷設し、米国西海岸と東海岸の間の物資を動かす計画が進んでいたが、喫緊の課題は、国の東西に分断された海軍の迅速な移動、効率的運用を図るためには、スエズ運河のような大型船舶が通れる通路が必要だった。南米最南端のマゼラン海峡、ホーン岬経由では1か月かかる距離を1日に短縮できるからだ。ルーズベルトは膨大な掘削予算をかけ、物量作戦で長さ80キロの大運河を1904年から10年間で掘り抜いた。
 
 続いて彼が取り組んだのは海軍力の大増強だった。日露戦争の終結に向けてポーツマス講和条約の斡旋の労をとったルーズベルトだったが、講和条約成立後は、ロシア艦隊を打ち破った日本海軍に大きな脅威を抱くようになる。
 
 世界最大の海軍国である英国の艦隊は、国力を増強するドイツを牽制するために欧州海域に張り付いている。このままではロシアのバルチック艦隊に完勝した日本海軍にアジア太平洋の海を制覇されてしまう、という危機感だ。親日だった大統領は、一気に反日に転じた。8年の任期中に最新鋭戦艦16隻を建造する計画を実行に移した。
 
 米国艦隊の世界一周計画
 1907年、ルーズベルトは、この戦艦16隻を中心にした大艦隊を世界一周航海させる計画を立てる。計画には、日本寄港ははずされていた。「仮想敵日本」を牽制するデモンストレーション航海だ。
 
 日本国内では、ポーツマス条約で、日本の賠償要求を握り潰したのはルーズベルトだという反米感情が高まっている。日本海軍も、「ロシアの次はアメリカだ」と、米国を仮想敵として戦略研究に入っている。一触即発の険悪なムードが日米両国で盛り上がっていた。
 
 これに危機感を抱いたのが、米国留学経験のある海軍大臣の斎藤実(さいとう・まこと)だった。斎藤は「勝ったとはいえ日露戦争で国庫を使い果たした日本に米国とことを構える余力はない」と考えていた。「双方に険悪ムードが漂う今だからこそ、米国艦隊を国民挙げて歓迎しよう」と計画する。外務省、米国駐在武官が連携して、米国側の反応を探った。
 
 日米反目から日米友好へ
 米国側は、日本寄港によって不測の事態が起きることを懸念して逃げ腰だった。西海岸のカリフォルニア州では、排日運動が起きている最中である。日本側は必死でルーズベルトを説得した。米側は渋々応じることとなったものの、日本寄港は、全艦隊の半分規模にし、水兵の上陸行事も安全確保のため可能な限り縮小する方針を示した。日本国内もとても歓迎ムードどころではなかった。海軍、政府内でも無謀論、自重論が大勢だった。
 
 斎藤は、日米双方に根回しし、全艦隊の横浜寄港、水兵たちに東京を見物させる計画を立てる。明治天皇に上奏して裁可を得た。
 
 それでも世界一周の航海に出る米国艦隊は真っ白に塗装していることから、国内の新聞はペリーの黒船来航をもじって「白船来航」と大騒ぎとなった。
 
 そして1908年10月18日、眩いばかりの白一色の大艦隊が横浜港に姿を見せた。厳重な警備体制が敷かれたが、岸壁で待ち構える一般国民たちは両国国旗を振って熱烈に歓迎の意思を見せた。上陸した水兵たちと国民は自然に交流し、トラブルは一件も報告されなかった。
 
 この歓迎行事をもって、懸念された日米間の反目は一気に友好ムードに転換した。世論の風向きも変わる。斎藤の狙い通りだった。
 
 排日の嵐が吹き荒れ自警団まで組織していた米西海岸のワシントン州日本人会からは1通の手紙が届いた。「空気は一変した。政府の英断に感謝する」
 
 危機であればこそ、逃げずにそれを解消する前向きの決断は大きな効果を発揮する。
 
 日米の友好ムードは30年後には潰えさる。日米ともに、1908年の知恵は教訓として残らなかったのか。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
 
※参考文献
『海の地政学』竹田いさみ著 中公新書

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