■大地震をきっかけに湧出
「泣ぐ子はいねがー」「悪い子はいねがー」。荒々しい声をあげながら、子どもや初嫁を探して暴れまわる鬼といえば、「なまはげ」である。秋田県男鹿半島に伝わる民俗行事だ。国の重要無形民俗文化財にも指定されている。
男鹿半島に入ると、飲食店や宿泊施設など、いたるところでなまはげが出迎えてくれる。その恐ろしいイメージに反して、ちょっと間の抜けた風貌のなまはげがいっぱい。まるで「ゆるキャラ」のような扱いである。
そんな男鹿半島に湧くのが、男鹿温泉郷。征夷大将軍・坂上田村麻呂が東征の際、湧き出す湯を発見し、兵を休めたといわれる歴史ある温泉地には、現在7軒の温泉宿が点在する。
温泉街の中でいちばん高台に位置するのが「元湯雄山閣」。落ち着いた雰囲気の和風旅館だ。自慢の温泉は、1939年の大地震をきっかけに敷地内から大量に湧き出したもの。加水も加温もしていない、源泉かけ流しである。日本秘湯を守る会の会員宿でもあるので、その泉質のよさは折り紙付きだ。
■「なまはげの呼吸」のような湯口
男女別に内湯と露天風呂がひとつずつあるが、名物は10人以上が入れそうな内湯。湯口がなまはげの顔になっているのが特徴である。牙の隙間から突き出したパイプから源泉が注がれる。こちらのなまはげもまた、癒し系のゆるゆるな風貌である。
ユニークなのは、温泉の噴き出し方。まるで間欠泉のように、断続的に湯が注がれるのだ。ピタッと湯が止まったかと思うと、急にドドドドドッという激しい音が浴室内に鳴り響き、プシュッーーーと勢いよく、湯が噴き出してくる。まるで温泉が呼吸をしているかのようだ。いや、なまはげが呼吸しているといったほうが正しいだろうか。
湯の勢いもすごい。まるで水鉄砲のようにピューと数メートル飛んでいく。湯船を飛び越えてしまうほどだ。こんな楽しい光景を目の当たりにすると、噴き出した温泉で打たせ湯をしてみたくなる衝動に駆られるが、泉温は53℃もある。敷地内の源泉と直結している湯は、ほとんど冷めることなく、なまはげの口から噴き出しているのだ。私自身、湯が背中に命中して悶絶したのは、ここだけの話。決して真似してはいけない。
肝心の温泉そのものも、なまはげの湯口に負けない個性を放っている。季節や気温によって茶褐色や緑色、白色に変化するという湯は、この日は茶褐色と緑色の中間色。湯底には、茶色の粉末状の湯の花が大量に沈殿しており、かきまぜると湯の花が舞って、たちまち湯が濁っていく。まるで入浴剤を湯船に入れたようである。
■源泉の濃さを物語る湯の花
泉質は、10分も浸かっていればダラダラと汗が流れ出すパワフルな塩化物泉。塩分が多く含まれており、肌に付着すると汗の蒸発を防ぐことから、保温効果にすぐれているとされる。口に含んでみると、ほんのりとした塩味。磯の香りも感じる。
湯のパワフルさは、湯船のまわりにびっしりと堆積した茶色の湯の花を見てもわかる。なまはげの口から噴き出す湯が当たる箇所は、他の部分よりもこんもりと湯の花がこびりついている。
館内の一角には、源泉から湯を引く管が展示されている。管の中には、温泉成分である湯の花が年輪のようにびっしりと詰まっている。約3カ月で直径10センチある管をふさいでしまうという。温泉成分の濃さを物語っている。
湯から上がり、脱衣所で着替えている間も、ドドドドドッ……プシュッーーーという音が不気味に響いていた。脱衣所から再び湯口のなまはげを覗き見た。その姿は、「ゆるキャラ」などではない。正真正銘の恐ろしい「鬼」であった。